If ・・・(もしも)
  3章 目覚めの時1



※3章は相沢×真一郎のお話になります。


頬を優しい風が撫でる。
真一郎はあまりに気持ちよくてまどろみの中を漂っていた。


億劫で怠惰になった瞳をようやく開けると鮮やかな新緑の色が飛び込んできた。
咲き乱れた色とりどりの花と鳥の鳴き声が聞こえる。

部屋の中だというのにテラス近くに置かれた真一郎のベッドからその美しい
庭園は一望できた。
そしてその新緑の中に白衣を纏った長身の男がいた。

「ここはどこだ・・?」

何かが頭の中でぐるぐるしている。
思い出そうとするとひどい頭痛を感じて真一郎が唸り声をあげると草花の中にいた
長身の男がこちらを振り返った。
真一郎はこの男に見覚えがあるような気がした。

「真一郎?」

男は慌てて真一郎の元へ駆け寄った。

「気がついたのだな?よかった。」

男は横になったままの真一郎の頬を撫で摺り寄せた。
そして真一郎の体ををぎゅっと抱きしめた。
そのあまりの激しさに真一郎は驚いたが、嫌悪感はなかった。

「本当によかった。」

「お前ダレ・・・?」

真一郎は自分がのどの奥から発した声に驚いた。その声は蚊がなくほどに
掠れていたからだ。

「覚えてはいない・・・のか?」

明らかに落胆した相手に真一郎は申し訳なくうなだれた。

「構わない。あのようなことがあったのだ。記憶が曖昧になっているのだろう。
少しずつ思い出すといい。私はいつでもお前を待っている。」

そういうと彼は真一郎の唇にキスを落とした。それは本当に自然なしぐさで
真一郎は面食らったが抵抗する間もなかった。
唇はすぐに離れたが男は名残惜しそうに真一郎を見つめていた。

「私は相沢だ。相沢教授と呼んでくれ。」

体を起こそうとした真一郎を相沢は制した。

「まだ起きない方がいい。お前は事故の影響で半年以上も眠っていたのだ。
少しずつ慣らさなければな。ここはお前のリハビリの場にもよいだろう。」

「事故?オレが・・?」

「そうだ。」


真一郎は聞きたいことが沢山あったが相沢は多くを語らなかった。
それを不信に思わなかったわけではないが真一郎は目覚めてからの相沢との
やりとりで彼を信用してもいいと思い始めていた。







真一郎が目を覚ましてから10日後、


相沢が半年以上も意識が戻らなかったというように、真一郎の体は衰えきっていた。
ベッドで相沢からリハビリ治療を受けながら真一郎はため息をついた。

「いつになったら歩けるようになんだ?」

思いどうりにならない自身の体に真一郎は苛立っていた。

「焦ってはいけない。これでも真一郎は回復が早いほうだ。大勢の患者を
見てきた私がいうのだから間違いない。
自分の体が動かせるようになったではないか・・。」

動かせるといってもベッド上の事でまだ起き上がる、立ち上がるという
動作が一人で出来るわけじゃない。
歩くという動作にいたってはまだ一人では到底およばなかった。

それでも真一郎はそれがただ自分を安心させるためのものだったとしても
相沢の言葉は嬉しかった。


確かに相沢の言うとおり体は少しずつ(まどろっこしく)ではあるが回復の兆しは見せている。
だが真一郎にとってもっとも気がかりなのは記憶の方だった。

「オレの記憶戻るのか?」

「それも少しずつだな。」

相沢は真一郎に記憶の一旦になるような事は何も言わなかった。
聞いてもうまくはぐらかすのだ。

相沢はなぜ何もいってくれねえのか?何を隠しているのか?
そして真一郎が一番気になっているのは自身と相沢との関係だった。


相沢は真一郎の知っている限りほとんどこの部屋ですごした。
時折パソコンに向かったり隣に設置された実験室などに行くこともあったが
何より真一郎を優先した。

なぜそれほどまでして相沢が真一郎に尽くすのか。

真一郎はその理由がなんとなくわかりはじめていた。
だからこそ、相沢に聞くことができないのだ。


「今日のリハビリはこれくらいにしておこう。次は記憶の治療の方だな。」

相沢からヘッドホンが渡され真一郎はいつものようにそれを装着した。
ヘッドホンからは優しい波の音が流れていた。

「目を閉じて・・大きく息をすって、今度は細く長く吐いて・・・・いいぞ真一郎。」

相沢の言葉に導かれてすっかりとリラックスした心と体は
足元まで訪れた波の音に引き込まれていく。

そうすると真一郎は眠くなっていつもその温かなぬくもりへと体を任せてしまうのだ。

「そうだ・・真一郎すべてをこの波にまかせるのだ。」

『オレのすべてを・・・波に・・・・相沢に・・。』

この治療で真一郎の記憶があるのはいつもここまでだ。
ザッパーンと体中が大きな波に飲み込まれると真一郎は意識のすべてを相沢に
委ねていた。


完全に無防備になった真一郎の心と体に相沢は愛おしげに頬をよせた。

「真一郎・・・お前は私だけのものだ・・・。」



相沢はあらかじめ用意しておいた薬を真一郎に注入する。
芥の薬を改良したものだ。あのいまいましい者どもを真一郎から忘れさせるための薬・・。
お前の真相心理の奥から七海のすべてを消し去る。
そして私がお前の心に住まう。


「真一郎、私のものになれ。」






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