If ・・・(もしも)
  2章 少しずつ





オレはあの日の夢を今でもよく見る。



真っ赤に染まった手が生暖かな血の感触で震えだす。
オレを見ていた兄ちゃんの笑顔が崩れ落ちる。


そして背を向けた藤守があいつらと一緒に行っちまうんだ。
追いかけても追いかけても届かない所へ。

オレはこれが夢だとわかっていても手を伸ばさずにはいられなかった。







もしあの日のオレが違う選択をしていたら今とはもっと違う未来を手にいれていたかも
しれない。
・・・今も兄ちゃんがいて、藤守やらんが傍にいて・・・
怒ったり、笑ったりして・・・。

オレは二人の笑顔を思い出して泣き出してしまいそうだった。
やり直せるなら、あの日に戻りてえ。もう1度やり直したい。


そしたら夜の戒めをもう破らない。
藤守と繋がる事がオレの封印を解く鍵だったっていうならもう2度と
藤守に触れたりしねえ。

だからもし神様が本当にいるならあの日に戻してくれよ。
兄ちゃんを戻してくれよ。

これは悪い夢なんだって誰か言ってくれ。
そしたらオレは何だってするから・・。




オレがしゃがみこむように暗闇に頭を抱えこんだ時、間近で悲鳴のような叫び声
がした。

オレは慌てて無意識のうちに悪夢から飛び出してた。
オレは全身冷汗と涙で濡れてたけどそんなことなんて今は構ってる場合
じゃなかった。


悲鳴を上げたその人のべッドに向かうとオレは力強く声を掛けた。


「七海ちゃん!!」

オレはオレと同じようにうなされてる七海ちゃんの手をぎゅっと握った。
そうすると七海ちゃんは震える手で力いっぱいに握り返してくれたんだ。
七海ちゃんの口が微かに開く。

「しん・・いちろ・・う?」

胸が締め付けられるように痛かった。
オレはなんと言って声をかけていいかわからなくてそのまま七海ちゃんの手を握り締めたまま
ベッド脇にしゃがみこんだ。
そしたら七海ちゃんが言ったんだ。

「どこにも行かないで下さいね・・・・・・空くん。」

急にはっきりした七海ちゃんの声に驚いてオレは顔を上げた。

「七海ちゃん?」

七海ちゃんはオレの顔をじっとみてたんだ。

「空くん、ごめんなさい。またうなされてたんですね。」

「えっああ、まあ。」

オレは間が悪くなって七海ちゃんの手を離そうとしたんだけど今度は七海ちゃんがオレの
手を握り返してきたんだ。

「空くん、ごめんなさい。もう少しだけでいいから握っていてもいいですか?」

オレは浮かそうとした腰をもう1度下ろすと七海ちゃんの手を両手で握りしめた。
こんなことで七海ちゃんが落ち着くならずっとこうしていてもいいって思った。

「ごめんなさいね、空くんだって辛いのに・・。」

「ううん。オレもこうしてる方が安心する。」

オレがそういうと七海ちゃんはくすっといたずらぽく笑った。

「だったらこっちのベッドに入りますか?」

「えっ?」

流石にそんなことを言われるとは思っていなくてオレが返事に困っていたら
七海ちゃんがまた「ごめんなさい」って言ったんだ。
今日の七海ちゃんは謝ってばっかだ。

「冗談ですよ。だからそんなに考え込まないでください。」

笑って七海ちゃんは誤魔化したけどオレにはわかっちまったんだ。
七海ちゃんもオレと同じように一人じゃ悪夢に引き込まれちまうんだ。
あの日の・・・時間が止まっちまったままの悪夢に。

「なあ、七海ちゃん、そういうのは冗談にできねえんだぜ。」

オレはそういうなり、ガバッっと七海ちゃんの布団にもぐりこんだ。

「空くん?!」

七海ちゃんが驚いてたけど今更引くに引けなかった。

「あったかいな・・。」

七海ちゃんの布団は七海ちゃんの温かさでいっぱいだった。

「そうですね・・。」

照れくささはあったけどオレは七海ちゃんの手を握った。


もしお化けになった兄ちゃんが見てたらヤキモチやいて出てくるかもな。

『あっと兄ちゃん、これは七海ちゃんを励ますためなんだからな。』
言い訳みてえな事を考えてオレは心の中で苦笑した。

けど兄ちゃんのお化けならオレも七海ちゃんも大歓迎だ。

そんなバカげた事を考えてるうちに冷えきったオレの心が温かく
なってくのを感じた。なんでだろうな。繋いだ手がとっても温かい。

七海ちゃんもそうだったらいいなってオレは思う。


その後オレは久しぶりに朝までぐっすり眠った。
傍に人のぬくもりがあるってこんなに安心するもんだってオレは初めて知ったんだ。





この晩からオレと七海ちゃんの関係は少しずつ変わっていった。
それはごく自然な成り行きだったような気がする。



                                            「七海ちゃんとオレ」


空と七海ちゃんの関係が性急にならないように書こうとかなり意識しました(笑)
どうだったでしょうか?今読み返すと七海ちゃんの心境が今一つわからない気がするんで
その辺はまた番外編ででも書けたらいいな〜と思います。

さて空と七海ちゃんのうふふなシーンは次回書けるかな・・?
こちらも性急にならないようにと思ってます(笑)