ハニーが大人になるまで 1





オレ、市川学は綾野ちゃんの病院・薬局内で薬の評判を
聞いて回ってる。

それってのもここにオレと芥が参加してる
製薬会社との薬を納品してるからだ。
こうやって出向いていって、薬の服用者や病院の
評判を聞いて回るのもオレたちの仕事のひとつだったりするんだ。

前もって患者さん宛てに頼んでおいたアンケートの回答をもらって、
局内をでた所でばったり綾野ちゃんに会った。



「あれ、学くん来てたの?薬の納品?」

「それもあるんだけど薬品のアンケートをもらいにな。」

「そう、薬すごく評判よかっただろ?僕も学くんの薬
すごく気に入ってるよ」

「現場でそういってもらえると嬉しいよな。」

「ところで学くんこれから予定入ってる?」

「今日はもう何もねえけど、」


「よかったら今から食事にでも行かないかい?知り合いから
ホテルのディナー券を頂いてね。」

「えええ?そんな、オレ悪いよ。」

綾野ちゃんは苦笑した。

「構わないよ。香野くんと行くにはちょっと場違いだと思っていたし。それに
今日香野くんキャンプに行っててね。僕一人なんだ。」

「キャンプ?」

「学校から1泊2日のお泊り。もう寂しくて、寂しくて」

綾野ちゃんはそういうと病院の中だって言うのにオレをぎゅっと抱きしめ
すりすりしてきた。。

「あ、綾野ちゃん?」

綾野ちゃんはすっごく子煩悩で、香野くんがかわいくてかわいくてしょうがない
んだ。
そんでもってオレと香野は年齢こそ10歳も離れてるけど他人のそら似
と思えねえほど瓜二つだったりで・・・。

「今日1日でも学くんが僕と付き合ってくれると嬉しいんだけど、」

「へっ?オレ香野の代わりをするってこと?」

「ううう〜そんなんじゃないって言いたいんだけど、」

綾野ちゃんは涙目を浮かべて懇願していた。
なっ。わかりやすいっていうか。
やっぱそうなのかってオレは内心苦笑した。
オレは返事に困る。
別に香野の代わりが嫌ってわけじゃねえんだけど。
綾野ちゃんが絡むと妙に芥のやつが怖えんだ。


「んん・・・・」

「都合悪いのかい?」

「そういうわけじゃねえんだけど。」

「芥に怒られる?」

うっと言葉を詰まらせたオレに綾野ちゃんは小さくため息をもらした。
全くその通りだからだ。

「いいんだよ。恋人は大切にしなくちゃね。」

綾野ちゃんはそういって立ち去ろうとしたけどすごく寂しそうだった。
それは言葉よりも目よりも男の背中が語っていた。

「あのさ、綾野ちゃん、」

オレは立ち去ろうとした綾野ちゃんを呼び止めた。

「食事オレやっぱいってもいいかも」

「いいの?」

「今日芥の帰り遅くて泊りかもしれねえって言ってたし、だからオレも
一人で夕飯食わなきゃだし。」

綾野ちゃんの顔が途端に破顔する。

「じゃあ少しロビーで待っててくれるかな。」

「おう、」

一端オレから離れた綾野ちゃんが思い出したように振り返った。

「そうそう、今日の事はお互い内緒ということにしよう、2人だけの秘密、」

まるでいいことを思いついたというように嬉しそうに言った綾野ちゃんにオレは
笑った

「香野にも内緒なのか?」

「もちろん、2人だけの秘密だよ。」

2人だけの秘密と言うわりには綾野ちゃんのよく通る声が院内に響く。
オレは思わず苦笑した。



しばらく待ってロビーに来た綾野ちゃんはきちんとスーツを着込んでいた。
ブルーのYシャツにグレーのスーツ。
さっきまで、白衣着ていたから一際目立ついでたちだ。

交代勤務の看護師さんも綾野ちゃんを見て振り返った程だった。

「ごめん。待たせたね。」

「いや、大丈夫だぜ。って綾野ちゃん、ひょっとしてそのかっこで
通勤してるのか?」

「まさか、」

「仕事帰りに出かけないといけないこともあるから病院において
あるだけだよ。それよりよかった。学くんがスーツを着てくれていて」

「そうなのか?」

オレは仕事回りしている時はいつもスーツだ。
でもホントいうとスーツは苦手だったりする。

「今日行くところはノーネクタイじゃ入れないところなんだ。」

「ええ〜そんなとこなのか?オレ、そういうところはちょっと、」

『テーブルマナーなんてよくしらねえし・・・』って
ぼそぼそと口ごもると綾野ちゃんがくすりと笑った。

「大丈夫だよ。僕も苦手なんだ。だからそういうの気にしなくていいように個室
にしてもらうから。
それにせっかくのご馳走を食べに行くのに楽しまなきゃ損だろ?」

そういうと綾野ちゃんは当たり前のようにオレに腕を組んできた。

「あ、綾野ちゃん?」

内心焦ったが綾野ちゃんは全く気にしていない。
もっとも今日のオレは香野の代わりだろうから、綾野ちゃんもそのつもり
なんだろうけど・・・。

「ほら、早く行こう。お腹すいたろう?」

「うん、もう腹ペコ」

そのタイミングでオレの腹がぐ〜っと大きな音を立てた。

綾野ちゃんがくっくって笑いをかみ締めていたけど耐えられなくなって
大声で笑い出す。

「そ、そんなに笑うことねえだろ。」

綾野ちゃんがご馳走してくれると聞いてから現金なオレの腹はずっとなりっ
ぱなしなんだぜ?

「ごめん、ごめん、あんまりタイミングよかったから。
ホテルまで歩いていこうと思ったけど、車で行こう。
これ以上待たせたら学くんのお腹と背中がくっついてしまいそうだ。」

「うう〜」

あまりの恥ずかしさにオレの顔はゆで蛸のように真っ赤になった。



綾野ちゃんの車はすっごくかっこいいスポーツカーだった。流石お医者さん
って感じだ。
車に乗って僅か5分程で海辺のホテルについた。
(オレでも名前を知ってる)高級ホテルの最上階が綾野ちゃんが
招待を受けたレストランだった。

エレベーターを降りてオレは息を呑んだ。
一面見渡すかぎりの海。

「うわ〜すげえ綺麗」

夕暮れの沈みかけの太陽がぼんやりと海に浮かんでいた。
その周りから暗闇が広がって1番星(木星)が輝いていた。

光と闇の絶妙なコントラストだ。

海に浮かぶ陽はあっという間に沈んでいきやがて闇が海を空を支配する。
ボーっという汽笛の音がその名残を残すように音を響かせた。
完全に陽が沈んでしまうまでオレと綾野ちゃんはそこに立ち尽くしていた。






「すげえ綺麗だったな。」

オレがため息をつくと綾野ちゃんはぼんやりとまだ海を見ていた。

「そうですね。」

オレは長身の綾野ちゃんを見上げた。

「綾野ちゃん、本当は香野と一緒にみたかったんじゃねえか。」

「学くんは芥と見たかったかな?」

逆に問い返されてオレは慌てた。

「えっと、芥はこういうの一緒に見ても共感を持てねえっていうか、
冷めてるっていうか、」

「まあ彼の場合そうかもしれませんねえ、」

「だろ?」

「それで少し寂しいとも思ってる?」

綾野ちゃんに痛いところを付かれオレは頭を掻いた。

「まあ、そう思うこともあるかな。」

「僕だったらそんな思いはさせないんだけどな。」

「へっ?」

綾野ちゃんがつぶやいた言葉に一瞬ドキっとする。
それってどういう意味だ?香野の事を言ってるのか?
オレがどう返事していいか考えあぐねていると綾野ちゃんがオレの手をひいた。

「本当に待たせたね。レストランに入ろう。」

「お、おう、」

オレと綾野ちゃんがテーブルに着いたのはそれから間のなくのことだった。




                                           
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ハニーが大人になるまで」読んでいただいてありがとうございます〜。

綾野ちゃんが食えないやつになってます。
一体何をたくらんでいるのでしょうか・・・。