続・フラスコの中の真実 3






学が教授と再会した翌日・・・。

「ちわっす、て七海先生??」

昼休み元気よく保健室の扉を開けた学は目をぱちくりさせた。
白衣を着た綾野ちゃんがいつも七海先生が座ってるデスクにいたからだ。
しかも綾野ちゃんは七海先生が着ているようなジャージを白衣の下に
着ていて。
それは普段の派手な綾野の格好とは随分かけ離れている気がした。


「学くんいらっしゃい〜!!」

綾野は学を待っていましたとばかりに手招きすると向かいの席に勧めた。

「何でここに綾野ちゃんが・・?」

「ああ、それはね。七海が出張に出かけたからだよ。
男子校だから、怪我もよくあるし校医がいないとまずいだろう?
それで今日は僕が代理をすることになってね。」

「そうなんだ、けどなんでジャージ?」

学が素直に疑問を口にしたら綾野はカラカラと笑った。

「そりゃここの校医はジャージに白衣が制服だからね。」

「そうなのか?」

にわかに信じ固い事を言われても納得してしまうあたりが
学らしいというか。
それをみて綾野はまた笑った。

「なんだよ。なんかオレ変な事言った?」

「いいえ、それより美味しいケーキがあるんだけど学くん一緒にどう?」

ケーキと聞いて学の瞳が輝いた。

「マジ?マジ?」

「もちろん。コーヒーも淹れるよ。」

「ホント、綾野ちゃん大好き!!」

現金な学は語尾にハートマークが付くほど声を跳ね上がらせて
綾野の誘いに飛びついたのだった。





「ところで学くん、何か保健室に用事があったんじゃないのかい?」

「そうだった!!」

大好物のチョコケーキにぱくつきながら学は思い出したように
ポケットの中から小さな入れ物を取り出した。

「これオレが作った軟膏でさ、出来上がったら
七海先生にあげる約束してたんだ。

怪我したところに塗ると消毒だけじゃなく皮膚再生を促進させる効果
があるんだ。しかもそれだけじゃないんだぜ・・。」

薬の話をしだした学の瞳はいきいきと輝いていて綾乃は
そんな学を眩しそうに見つめた。

「・・・だからな。薬の力に頼らずに自分の免疫力を最大限に
引き出すんだ。」

説明を一通り聞いた綾乃は感嘆した。

「そりゃすごい!!僕のところでも是非欲しいな。」

「本当?臨床テストも終わって商品化が決まったからもうすぐ
市販でも手に入るようになると思うぜ。」

「それは楽しみだな。」


綾野ちゃんに褒められて嬉しそうにまたケーキにぱくついた学に綾野は
優しい笑みを浮かべた。





「ところで学くん」

改めて呼びかけられた名は今までの軽い口調とは違っていた。

「ん、何?」

「昨日の教授の事なんだけど、」

「ああ〜。」

学は察したように頷いた。

「昨夜君と別れてから、家までの道のり教授の口から出るのは君の話ばかりだったんだ。
今度はいつ会えるんだろうってすごく楽しみにしていて。」

「けど教授が会いたいのはオレじゃなくて芥なんだろう?」

学は申し訳ない気持ちでそれに答えた。

なんで芥と間違えられたのかわからないけどそれだけは確かな事だと
思ったから。
けれど綾野は小さく横に首を振った。

「教授は昨夜君と会ってホンノ少しの記憶のカケラを取り戻したんだ。
それは教授にとってすごく身勝手な記憶で、どうしてそれが君に結びつけたのか
僕にもわからない。
けれど僕はその優しい記憶を大切にしてあげたいんだ。
教授にはこれから幸せになって欲しいから・・。」

切なげにそう言った綾野は学をまっすぐに見つめた。

「学くん、教授に会ってもらえないかな?」

「芥として?」

綾野がこくんと頷くと学はしばし考え込むように目を伏せた。

昨夜あれから芥は教授に会うなとは一言も言わなかった。
だからって、教授に会いにいくと言えば芥はいい顔はしないだろう。
昨夜のあの激しい芥のことを考えてもそれは確かだ。

けど・・・綾野ちゃんも真剣だし、何よりオレ自身が昨日教授にいつでも
会うって約束しちまったわけだし・・。

学が悩んでいると綾野は空になった皿にもう一つチョコケーキを置いた。

「綾野ちゃん?」

「このケーキ教授が買ってきたんだよ。」

「教授が?」

学はあの教授がケーキを買いに行く姿などとても想像できなかった。

「僕が今日学園に行く事を言ったら芥が好きなケーキだからと言って買ってきたんだ。」

「でも芥は甘いものは昔から嫌いだって。」

食後いつも学がデザートを食べるのをみて芥はため息まじりに目を細めるのだ。
もちろん学はそんな芥にめげもせずデザートを食べるから
その間芥もしょうがなくコーヒーを飲んで付き合ってくれるのだが。

「でも学くんはチョコレートケーキ好きだろ?」

「そうだけど、」

何か釈然としないまま頷くと綾野は小さなメモ用紙を学に手渡した。


「会う、会わないは学くんに任せるよ。
だけどもし学くんが気が向いたら足を運んで欲しい。」



渡されたメモ用紙には教授の住所が書かれていた。

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ケーキで易々と釣られてしまう学(苦笑)
でもこういう素直なところが好きなんですよね〜。