この空のむこうに

(番外編)


2






     
もう1度留守電を再生させるがメッセージは消えていた。

直哉は疲れていたのも忘れて立ち上がると
ここから数百メートルと離れていない彰人の
マンションに向かっていた。

彰人が住んでいたマンションの部屋は
今は事務所が所有するものの誰も住んではいない。

空き部屋になってるはずだった。

だがマンションの下から見上げた彰人の部屋にはあかりが
ついていた。
人が住んでるなんて直哉は聞いてはいなかったが事務所の
人間がいるのかもしれないと直哉はおそるおそるノックして
部屋を開けた。

鍵はかかってはいなかった。
電気も・・・ついてはいない。

おかしいよな。さっき下からここを見上げた時は確かに電気が
ついてるって思ったのに・・。


何もないガランとした部屋の窓を少し開けると首都高のまぶしい
灯りが入っていた。

あれと間違えたのだろうか?

なんだかほっとしたのか残念だったのかわからない気分で
直哉は床にごろりと転がった。

「そうだよ。そんなはずなんてない。」

そうつぶやいた時背後でカタンと音がして直哉は振り返る。
もちろんそこには何もない。何もないのだけど・・。

【なお や・・】

心の中に直接響いた声に直哉の心臓の音が早くなる。

やっぱり彰人なのか・・?

ドキドキなる胸を押さえると直哉は起き上がった。

「彰人 いるのか?いるんだろ。出て来いよ!!」

わざと自分を奮い立たせるように直哉は大声を張りあげた。
怖いという感覚はない。彰人ならお化けだろうと化け物
になろうと彰人は彰人だから・・・。

「頼む。彰人 意地悪すんなよ。」

ヒュッーと風の走る音がした瞬間直哉は得体の知れないものに
冷たい床に押し倒されていた。

直哉はされるがまま動かなかった。
直哉は自分の上にまたがる白い物体に話しかけた。

「彰人・・・なの。彰人がもしそうしたいっていうなら、オレ・・。」

直哉の乾いた声が裏返る。
直哉の上に乗った物体はそのまま直哉を見下ろしていた。

「オレ今頃になってこんな気持ちに気づくなんて、遅いけど。
オレ彰人のこと好きだから・・・お前がどんな姿になっても
愛してる・・・だからお前がしたいならオレ・・。」

想いを語りかけるとまた直接心の中に話しかけてくる。

【それじゃあお前の体をオレにくれるのか?】

直哉がゆっくり頷くと白い物体は荒々しく直哉を押さえ込んだ。

「そんじゃあ、てめえの体をオレ様によこしな。」

彰人のものとは到底思えない荒いガラガラ声だった。

直哉が一瞬躊躇した隙に頭に大きな衝撃が走った。
床に思いっきり後頭部をぶつけたのだ。

気づいたときには直哉の体は床に転がっていて、
直哉は器から放り出されるように空中に撥ねだされていた。


「バカ何してるんだ 直哉早く自分の体に戻れ!!」

はっきりと聞こえた彰人の声に直哉は我に返った。

「あき・・・と」

そこには確かに彰人がいたのだ・・が彰人はいきなり直哉を
押しのけると直哉の体に体当たりしていった。
 
白い霊体がふわりとゆれ投げ飛ばされる。

「何?彰人どうなってんだよ。」

「いいから早く自分の体に戻れ!お前の体を奪われてもいいのか?」

みると彰人に体当たりされた白い霊体はふらつきながら
もう1度直哉の体の中に入りこもうとていた。

「あれはオレじゃない!わかったら自分の体にさっさと戻れ!」

 
彰人に怒鳴られても直哉は動く事が出来なかった。
もしこのままオレが体に戻れば彰人には2度と会えないかも
しれない・・・・

直感と言うより確信に近い感覚で直哉は立ち止まる。
動かない直哉を彰人はおもいっきりぐうで殴った。

「直哉目を覚ませ!!あんなやつにお前の体を好きにされていいのか
お前はお前だろう。」

彰人の気迫に押し飛ばされるように直哉は自分の体に突進して
いた。


「それはオレの体だ!」

直哉はおもいっきり自分にむかって体当たりをきめた。

直哉のいきなりの攻撃にすでに弱っていた霊体はとばされ
驚いた霊体は開いていた窓から逃げるように出て行った。

あとには自分の抜け殻が残りわずかな風に直哉の髪を揺
らしていた。

急に直哉は力が抜けてその場に座り込んだがようやく今の状態を
飲み込んで彰人に話しかけた。



「これが世に言う幽体離脱ってやつなのかな?」

「直哉お前体を乗っ取られるところだったんだぞ。」

わかってんのかって怒鳴る彰人に直哉は何だか無性にうれしくなって
笑った。

彰人は怒るのもバカらしくなって小さくため息をついた。

「直哉がこんなことだからオレも成仏できないんだ。」

そういうと直哉はもっとうれしそうな顔をした。

「じゃあオレずっとこのままでいい。」

呆れた彰人はもう一度盛大にため息をついた。

「なあ 直哉・・・さっき、オレのこと好きだっていったろう。」

「えっ・・?」

直哉は顔を真っ赤にして口ごもる。

「あれだけ盛大に告白しておいて今更なかったことにする気か?」

「盛大に告白って・・」

「オレにだったら何をされても・・・・・。」

「わわわわわ・・・!!!!」

それ以上言うなとばかりに直哉は真っ赤になって彰人の
言葉を大声でふさいだ。

「あれは。。その、だから・・。」

言い訳できない状況に直哉は彰人から視線をそらした。

「直哉はオレにだったら何をされてもいいのか。」

「それは・・。」


近づいてくる彰人に直哉は後ずさる。
彰人はまっすぐに直哉を射抜いていた。


本当はずっと願ってた。

彰人が今オレの傍にいたら、もしもどって来てくれるなら
どんなことだってしようと。

ううん違うな。彰人のためでなく俺自身がそうしたいと思ったんだ。
彰人が生きていたらオレはもう1度やり直したいって・・。



「なお・・や。」

彰人の手が直哉の顎にかかる。

「オレは怒ってるんだ。あんな低俗霊をオレと間違えた上に
身体まで許そうとした。」


夢にまでみた彰人が傍にいる。オレを怒ってる。このオレを・・・。

直哉はうんとうなづくと彰人の胸に飛び込んだ。

触れた部分から熱さが体中に広がっていく。
彰人が好きだという気もちがあふれ出てくる。

どうしようもないぐらい心臓が痛くなって自分ではどうする事もでき
ないぐらい彰人を求めてる。

「彰人オレお前のこと・・・すきだ」

「直哉・・・」

「んん・・・。」


深く重なった唇は魂が一つになるほどに互いを求めていた。




 



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