地上の星  3




翌日、超特急で仕立てられたスーツを着た瞬はなれない
足取りで沙織に従って邸前に下りた。
沙織はなぜかとても嬉しそうだった。

すでに邸前にはリムジンが止まっていて同行する辰巳と
共に星矢と紫龍が見送りに来ていた。

「お、瞬、なんか見違えたな。」

「ああ、着るものでこうも違うとは、」

星矢と紫龍がしきりに感心する。

瞬のスーツはブルーのYシャツにグレーのスーツでまとめられた
落ち着いたものだった。

「なんだか着心地悪くて、やっぱり僕、場違いじゃないかな、」

沙織がそれに笑った。

「いいえ、良く似合っていますよ。瞬はとても綺麗なので
エスコートをしてもらう私がみんなから嫉妬されそうですね。」

「えええっそんな・・。
って僕が沙織さんをエスコートするのですか?」

瞬はたじろいだ。そんな事をすれば間違いなくに自分の方が男性
からやっかみを受けるだろう。

「冗談ですよ。」

「ああ、よかった〜。」

沙織にからかわれていたとも気づいていない瞬に星矢と
紫龍が笑った。
でもそんな2人を見て沙織が内心でほくそ笑んでいることなど星矢も紫龍
もこと時は知る由もなかった。



「お嬢様、そろそろ出発されないと。」

辰巳に即されて沙織はそれに頷くと真顔になって星矢を見た。

「星矢、私の留守中お願いします。サンクチュアリから何か連絡が
あればすぐにしらせなさい。」

「はい。」

沙織は次に紫龍をみた。

「老師によろしく伝えてください。私も星の動き追ってみますと」

「はい、」


沙織が車に乗り込んだ後、瞬は沙織と向かいあうように座席に座った。

「瞬、沙織さんを頼んだぜ。」

「はい。」






ジュリアン・ソロの歓迎パーティがあるのは富士山麓の高級ホテルだと
瞬は聞いていた。


邸から2時間、車は渋滞にもあうことなくスムーズに目的地へと向かって
いるようだった。
富士山ロク特有のコケや原生林が車窓から見え始め
瞬はもうそう遠くはなのだろうと思った時、沙織が何の前触れもなく
運転手に言った。

「車を止めなさい」と。

すべる様に道路わきに車が止まった。

「瞬、少し外の空気を吸いませんか?」

沙織に言われるまま車を降りて、瞬はここがどこであるか悟った。
舗装された道が続いてはいるがその向こうは樹海だ。

瞬は沙織が偶然ではなく意図的にここに降りた気がした。

「沙織さん?」

「瞬、一輝に会いたくはないですか?」

「兄さんに・・・?」

そうつぶやいただけで『ドクン』と瞬の心臓が大きく鳴った。
沙織はその遠く樹海の先を見つめた。

「沙織さん、まさか・・・兄さんがここにいるというのですか?」

「ええ。」

瞬は息をのんだ。
兄さんがここに本当にいるというなら今すぐにだって会いたいと思う。
心だけでも飛んでいきそうになる。
でも今の自分は沙織を守ると言う重要な任務がある。
それは聖闘士として絶対に全うしなければならないことだ。

だが、沙織はとうにそんな瞬の心を知っていた。


「行っても構わないのですよ。」

「でも・・・。」

「その為に貴方をここに連れてきたのです。」

「ええっ?」

瞬は驚いてまじまじと沙織を見た。
沙織が今一度瞬に問う。

「瞬、一輝に会いたくはありませんか?」

瞬は唇をかんだ。ずっとこの1週間兄さんの事ばかり考えていた。
いやこの1週間だけじゃない。もっともっと前から、物覚えがつくもっと
以前から。
ひょっとすると自分は生まれてきたときから兄さんに焦がれていたので
はないかと思う。それほどに・・。

「・・・会いたいです。」

瞬は搾り出すようにそういった。

「では迷うことはないでしょう。」

「でも・・・。」

「私の事なら大丈夫です。
すぐに星矢と紫龍にこちらに来てもらいますから。

・・・・それにまだその時ではないのです。」

沙織のいう『その時』はまた近い未来聖戦が起こるということ
を暗示していた。
同時にそれは今すぐではないということが瞬にはわかった。


「はじめからそのつもりだったんですね。」

沙織がそれに頷くと瞬は苦笑した。

「敵わないな、沙織さんには、」

ふふふと笑う沙織はアテナでもましてグラード財団の後継者
でもなく少女のようだった。

瞬はスーツの上着を脱ぎ代わりに自分の小さなリュックを担いだ。

「沙織さん、ありがとう。僕行ってきます。
後悔したくないから。」

「ええ、」

沙織はその大きな瞳を閉じると瞬の為に小宇宙という道しる
べを作った。


「行ってきます。」

そう言って立ち去った瞬にはもう迷いはなかった。



             

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