番外編 
一緒に暮らそう 13





※13話はまたヒカル視点に戻ってます。色々ややこくてすみません(汗)

塔矢が再びオレの部屋に来たのは丁度1時間後のことだった。

「いい匂いだな。僕は何をすればいい?」

「いいよ、塔矢は仕事だったんだし、もう出来上がるからさ。」

「進藤、でも・・・。」

オレが背中を押すと塔矢は困ったようにテーブルに腰を掛けた。

「いいんだって、オレがしてえだけだから。」

オレは冷蔵庫から作りおいてたサラダと冷やしたグラスを出した。

「ビール飲むか?」

「ああ・・・・。」

塔矢は落ち着かないのかまだ何かいいたそうだった。

「そうだ、お前はこれでも見てろ?」

手に入れたばかりの棋譜を塔矢に押し付けた。
今日行われた伊角さんと倉田棋聖の一局。N○K杯準決勝の対戦だ。
勝ったのは伊角さんだった。

「結果は速報で知ったけれど。よく棋譜が手に入ったね。」

「和谷が棋譜係だったからさ、すぐ送ってくれた。」

塔矢が棋譜を見ている間にオレは手早に食事の支度をした。

「ほら出来たぜ、」

「ああ、ありがとう」

オレがグラスにビールを注ぐと塔矢がつぶやいた。

「ヒカル。」

オレは動揺して持っていたグラスから目を離した。その瞬間
手にビールが零れ落ちた。

「うわああ~ふきん、ふきん。ってどこだっけ?」

オレの動揺とはよそに塔矢は冷静に自分のハンカチでテーブルを拭いた。

「少し落ち着いたら。」

「お前が急に名前で呼ぶからだろう。」


ヒカルと呼ばれたことにもそれに動揺してビールを零してしまったことも
恥ずかしかった。穴があったら入りたいほどだ。

この間ふたりで 過ごしたホテルで塔矢は一度だけオレをヒカルと呼んだ。

以前恋人だった時も塔矢に『ヒカル』と呼ばれるのはどうしても恥ずかしさが伴って
慣れはしなかった。


塔矢は小さく溜息をついた。

「落ち着かないのは僕の方だな。」

絡み合いそうになった視線がどちらともなく外した。

「ええ、ああ?」

お互いが意識しているのに何を話していいのか
わからないような・・・。

「進藤僕にも少し手伝わせてくれないかな。」

「だったらもう出来ちまったからさ。後片付けしてくれよ。」

「そうだね。」

「そ、それより食おうぜ。」











後片付けは約束通り塔矢がやってくれた。
そのあとコーヒーも入れてくれた。

そして改めて先ほどの棋譜を二人で並べた。

「伊角さんノッてるよな。」

「ああ、伊角さんの早碁には定評があるけど、完全に倉田さんが打ちまわされた
感じだね。緒方さんとの決勝戦も楽しみだ。」

今度のN○K決勝で伊角は緒方と対局することになってる。



「早碁ならN○Cもあるよな。お前は昨年の優勝者だし。」

タイトルホルダーはN○C杯トーナメントへの出場が必然的に決まっていた。
TOP棋士による早碁の公開対局という異色の棋戦だ。

「昨年君は俊若大会の勝者だったね。」

俊若大会は25歳以下の若手で伸び盛りの棋士を対象にしたトーナメントだ。
優勝すれば次の年の本戦への出場が正式になる。ただオレの場合は
その前にタイトルホルダーとしての出場資格も得たが。


「塔矢打とうぜ。昨年のN○Cカップ優勝者対俊若優勝者でさ、」

N○C以前にお互いタイトルホルダーなんだが、あえてオレはN○Cを口に
したのにはわけがある。

これから早碁を打とうといっているのだ。

「いいだろう。」

「とにかくお前には勝たねえとな。」

塔矢が言葉を荒げた。

「僕は君に負ける気はないよ。」

「言ったな!」

売り言葉に買い言葉だが、お互いそういうのは慣れっこだ。
勝敗は盤上で決めるのだから。

それから何局も何局も対局した。
何度目かの対局を終えた後、再び対局しようとしたオレに塔矢が
たしなめた。



「進藤そろそろ切り上げよう。」

「おい、勝ち逃げは許さねえぜ。」

「君が勝ち越すまでするつもり。徹夜しても終わらないよ。」

「そんなことない。」

カッとなってオレは本気で怒鳴った。
後もう2局も打てば終わることだ。

塔矢は溜息を洩らした。

「それにもうすぐ2時になる。」

「ええっ?もうそんな時間なのか?」

てっきり10時を過ぎたころかと思っていたオレは時計を見上げた。
打ちだすと時間が飛んでしまうのだ


「悪い。お前仕事で疲れてたのに。オレ碁を打つと時間飛んじまうから。」

「いや、僕も言い出すタイミングを計れなかったんだ。
それより君のことだから徹夜で碁を打つつもりじゃないかと思って。」

流石にあの頃のような無茶は言わない。
あの頃よりオレたちはずっと忙しくなってるし。

「もうそんなこと言わねえよ。」

「でも時間が許せば打ち明かしたいのだろう。」

「まあ、それは・・。」

オレは誤魔化すように笑った。

「それより塔矢明日は仕事は?」

「明日は取材で棋院に行くけどそれ以外の予定は
ないよ。遠征から帰ってきた後だし。君は?」

「俺は会社団体の指導碁がある。昼過ぎからだから朝はゆっくりできるかな。」

お互いのスケジュールを確認しながら塔矢が席を立ち上がった。

「遅くなったし僕は部屋に戻るよ。」

「えっ、ああ、そうだな。」

塔矢がそういって背を向けると急に寂しさが襲った。
今まで感じていた高揚感も対局も会話も・・・。火が消えてしまったようだった。

塔矢とは部屋も隣でこれから毎日だって会えるのに。
そう思ってオレは首を振った。

オレから塔矢の部屋に行くことはできない。

塔矢はいつでも来ていいと言ったが、覚悟して欲しいとも言った。

オレは今更まだ迷ってるのだろうか?
ここに引っ越してきた時からそんなのは覚悟してた。

心の整理がつかないまま塔矢を玄関先まで見送った。

「あのさ、塔矢。」

呼び止めると塔矢が振り帰った。

「・・・明日も・・・来るよな?」

塔矢は少し困ったようにほほ笑んだ。

そして俺の髪に手を伸ばした。胸が期待で高鳴る。
俺の前髪に通されその瞬間アキラの顔が近づいた。
軽く触れるだけのキスだった。

「明日も来る。おやすみヒカル。」

「ぁ・・・塔矢もおやすみ。」

『アキラ』と言いかけて言うことが出来なかった。
バタンという音とともに塔矢が部屋を出て行った後俺は壁にもたれる様に
座り込んだ。

恋人同士だったころも別れ間際は切なくて辛かった。
でも今はあの時よりももっとオレは塔矢を求めている気がした。

塔矢の部屋に行けばいいだけじゃねえか。
オレから求めれば多分、塔矢は・・・・。


こんなに近くにいるのにオレは強く塔矢を渇望していた。



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あとがき

棋戦の名前は誤魔化したり適当に変えてたりしてます(笑)

途中区切ってますが、いい言葉が出てこなくて。。
言葉よりも二人のドキマギ感が伝わればいいかな~ともうそのままにしました(苦笑)緋色







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