白と黒8

 




碁盤の宇宙の白と黒の星々。
引き込まれた思考が引き戻されたのは塔矢の「ありません」という声だった。


周りがにわかに騒がしくなる。勝ったという実感が徐々にこみ上げてくる。
塔矢との検討の後、記者達のインタビユーが始まった。

正直インタビューは苦手だったがそのあたりは以前よりも自覚があって
オレなりには礼儀を尽くしたつもりだった。

インタビューを終えたあとすぐに塔矢の携帯に電話した。

「進藤、インタビューは終わったのか?」

「まあ適当に・・・。」

そう答えると塔矢の溜息が聞こえてきそうだった。

「今から30分後にホテルロビーでな。」

オレは用件だけ伝えるとそのまま電話を切った。
この時オレは一大決心を心に決めていた。






「それで進藤、これからどこへ行くんだ。」

塔矢はずっと気になっていたのだろう。顔を合わせるなりそう聞いてきた。

「今日はこれから尾道まで行く。宿を取ってるんだ。」

塔矢は特に驚いた様子でもなかった。
ある程度の予想はついていたのかもしれない。

「それで明日は因島まだ渡ろうと思ってるんだけど。お前明日も大丈夫?」

「ああ、とことん君に付き合うよ。」

塔矢も決心をしてこの1泊2日にのぞんだことをオレはまだ知らなかった。





新尾道まで新山口から新幹線に乗って1時間半。
その間塔矢と弁当を食べたり他愛ない会話をした。
遠慮のない会話も、碁の話もこの5年間のわだかまりがあったことなど忘れてしまい
そうなほどごく自然だった。


在来線に乗りついで尾道駅へ。

到着したのは夜も9時近い時間だった。
暗くて海はよく見えなかったが潮騒の匂いと船の汽笛の音がしていた。

「あれは向島 、その向こうが因島。暗くて見えないけどな。
虎次郎はさ、いや秀策は因島から碁を打つために舟にのって尾道の方まで渡
たって来たんだってさ。」

「確か・・・虎次郎って本因坊秀策の幼名だったろう?君が秀策に詳しいとは知って
いたけど、幼名は平生口にしないだろう。」

「それは・・・・。」

「そう言えば倉田さんが進藤は秀策の署名鑑定士だとか言ってたけど。
秀策の筆跡までわかるのか?」」

呆れてるのか感心してるのかわからない塔矢の物言いにオレは苦笑した。

「いや、署名鑑定士っていうかあの時はその色々あって・・・。」

どう説明していいものかわからなくてオレは頭を掻いた。
その時ちょうどポケットの携帯が鳴り出してオレはほっとした。
話題を変えられるかもしれない。

慌てて出た電話は和谷からだった。

「もし、もし和谷?」

『進藤。本因坊戦見てたぞ。もう流石に落ち着いた頃だろうと思ってさ。』

和谷のあふれんばかりの音声が電話を近づけなくても漏れている。

「ああ、ありがとう。」

オレはちらっと塔矢を見た。やはりというか塔矢にも和谷の声は筒抜けらしい。
苦笑してる。

『俺、お前の碁みて、胸がすっーとした。塔矢の野郎ざあまみろだぜ!』

和谷は本当に言いたいことをいって。オレは携帯を塔矢に手渡した。
塔矢は小さくため息をついてからそれを受け取った。

「和谷6段?僕だけど。言いたいことがあるなら直接僕に言ったら?」

声色は怒っていたが顔はあきらかに笑っていた。和谷をからかっているんだ。

『ええ、塔矢なのか?ってなんでお前が進藤と一緒なんだ?つうか今お前らどこにいるんだ?
森下先生が進藤は帰ったって言ってたぜ。山口じゃねえだろ!?』

和谷はぎゃんぎゃん吠えるような声だった。
森下先生はこの本因坊戦いの手合いの立会人だった。オレは今日には山口を
発つことを先生には伝えていた。

「僕たちが今いるのは尾道だ。少し寄り道してる。
それより今度和谷くんとは対局があったね。楽しみにしてる。」

塔矢は意味ありげにそういうとオレに携帯を戻してきた。

『おい、ちょっと待てって、塔矢?あん野郎。』

電話から漏れる声にオレは笑いたいのを我慢して代わった。

「もしもし・・・オレに代わったけど・・・。」

「ああ、進藤?」

電話に出たのは和谷でなく伊角さんだった。
形成が不利だとおもったのか和谷に押し付けられたのだろう。

「進藤、念願の本因坊タイトルおめでとうな。」

「うん。ありがとう。」

「今塔矢と一緒にいるんだって?」

「まあ、その成り行きで。」

「仲直りしたんだな。少しほっとした。」

「もうそんなんじゃねえよ。」

改たまってそんなことを言われると照れ臭かった。

伊角はそのあとこっちに帰って落ち着いたらオレの本因坊祝いをみんなで
やろうと言って電話を切った。
なんだか和谷の様子を思い出して塔矢と顔を合わせて大笑いした。



なんだか時が5年前に戻ったようなそんな錯覚を感じてる。

それでも少し前を行く塔矢はあの頃よりも身長が伸びたし、髪だって伸びた。
少年から大人へと成長を遂げた塔矢に5年間の月日の流れも感じてる。
まあオレだってこの5年で成長したんだろうけど。自分ではその実感はほとんどない。

この5年オレが塔矢と真正面からぶつかったのは碁盤を通してだったから
気づかなかったことが沢山あったんだろう。

オレの視線に気づいたのか塔矢が足を止めた。

「進藤、どうかしたのか?」

意識していたことに気づかれたようで顔が赤くなった。

「いや、早く旅館に行こうぜ。今日は流石に疲れた。」

「ああ、」



時間を取り戻すようにオレたちは色々話した。
でももう2度とあの頃の関係に戻ることなんてないってオレは思っていた。



                                          白と黒9話







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