交差点11

 

ヒカルの場合

少し開いた障子戸から少し冷たい風が流れていた。

引き寄せられるようにその扉をあけると和室の真ん中にぽつんと碁盤と
碁石があった。それに向かい合うように座布団が敷かれてる。

『まさに今から対局をはじめそうな』そんなかんじだ。

導かれるようにその部屋に入ってオレは腰をおろした。
静寂なのにオレの心はざわざわと音を立てていた。




「オレいいのかな?」

ぽつりと見えない相手に話しかえるように言った。

「・・・オレこれからあいつと一緒に進んでもいいか?」

荒げた言葉にオレは自分自身にいらだった。

目をつぶれば碁盤の向こう、そこに佐為がいる。
声だってきこえてきそうなのに・・・・。

自問した答えは出てる。
佐為だってわかってくれるだろう。
オレは打つことでしか佐為を未来へ伝えていけない。

それでも背中を押して欲しかったのかもしれない。

オレは碁石を握っていた。




障子戸が開いて電気がつくまでオレは塔矢が部屋に入ってきた
ことに気づかなかった。

「こんな暗いところで棋譜並べ?」

暗闇になれた目が付いていけずオレは目をさえぎった。

「お前いつもいきなりだな。」

「話しかけたのに君が気づかなかったんだ。」

オレは間が悪かった。

「眠れない?」

「いや、少しは寝たんだけど・・・・。お前と同じ布団だと落ちつかねえっていうか。」

正直に言うと塔矢は苦笑した。

「隣に敷いた布団に移ればいいじゃないか。」

「悪いかなって。」

声を細めたのは照れくさかったからだ。
塔矢は目を丸くした。

「僕に気を使わなくていい。僕も君に触れたいと思ったら遠慮はしない。」

そんなことを真顔で言われるとは思わなくてオレは吹いた。

「お前はもっとオレに気を使えよ。」

お互い顔を見合わせて笑った。
塔矢が碁盤を挟んだ俺の向かいに腰を下ろした。

「ここは父の部屋なんだ。」

「塔矢先生の?オレ勝手に入ってまずかったか?」

「父もいないし構わないよ。」

「碁盤いつもこうしておいてあるのか?」

「いつもは片付けていく父がこのままにして行ったんだ。
だから理由があるんじゃないかと僕も片付けなかった。
それよりも眠れないのなら付き合おうか?」

「ああ、そうだな。」

まだホンの序盤、うちかけの碁石を片付けようとしてオレは手を止めた。

「なあ、塔矢お前この白の続き打ってくれねえ?」

佐為と最後に打った対局。
あいつはこんなうちかけのままオレを置いて行ってしまった。

「黒が2石置いてるようだけど。」

「ああ。駄目か?」

「いや、」

塔矢は碁笥を取ってオレに付き合ってくれた。

2石も置いたのだ。オレが勝って当然だったけどそれでもオレは
満足だった。

「塔矢ありがとうな。」

「ああ、」

塔矢は何か言いたそうにしていたが何も聞かないでいてくれた。
オレはそれを感謝した。







そのままオレと塔矢は朝まで起きていた。
塔矢が作る朝食を手伝っていた時だった。

すぐ傍で鳴った受話器を取ったオレは相手の声を聞いて後悔した。

「もしもし・・・。」

「ああ、進藤か?」

「緒方先生!?」

前もそうだったが、朝っぱらからしょっちゅう緒方はかけてくるのだろうか?
そんなことを考えていると緒方が苦笑した。

「まあ、そんな邪険にするな。そうだ。進藤も一緒にどうだ。今日イベントがあるんだがな。
芦原がインフルエンザで急に出れなくなって。アキラと一緒に出られないか?」

オレは今日これから森下先生のところの研究会があった。

「悪いけど俺研究会だし・・・塔矢はわからねえけど、」

「急に仕事が入ったって研究会断れないか?」

「緒方先生って強引だよな。」

そこまで話して塔矢が電話を変わってくれた。

「もしもしおはようございます。」

オレはほっとしながらゼスチャーで断ってくれと塔矢に頼んだ。

「僕は大丈夫ですよ。・・・進藤は門下も違いますし強引には頼めませんよ。
・・・はい。わかりました。でわ、』


塔矢はふっとため息をつくと受話器を置いた。

「緒方先生なんだって?」

「君と僕がイベントに飛び入りしたらファンが喜ぶだろうにって、」

そういえば最近若手層をターゲットにしたおしゃれな囲碁雑誌がでているのだが
オレと塔矢を記事にしてから人気が上がったとか聞いていた。

「あはは・・・オレたちは客寄せパンダかよ。」

「囲碁の布教も僕たちプロ棋士の仕事の一つだろう。」

「お前みたいにオレ愛想振りまけないんだって。」

「それよりご飯できたし、9時には緒方先生が車で迎えにくるっていってたから。」

オレはそれを聞いて慌てた。もう鉢合わせはごめんだ。

「だったらさっさと食わねえと、塔矢も仕度あるだろ?」

イベントに参加するならプロ棋士はスーツが基本だ。
まあオレと塔矢はまだ中坊だからそこまで言われるわけではないが。
塔矢は普段からきちんとしてる。

「そうだね。少し急いだ方がいいな。」

それからは朝食も仕度も大慌てだった。



塔矢もオレにかまっていられなくなったし、それでもオレは塔矢が仕度を終えるまで
待った。なんとなく名残惜しい気持ちもあったし。

それでももうまもなくって時になってオレは他愛ない話を終わらせ口を開いた。

「あのさ、オレまた来てもいいか?」

塔矢はじっとオレを見ていた。

「すまない。来週には両親が帰ってくるんだ。だから君の両親に招待されたクリスマスも
行けないんだ」

オレは急に自分が言ったことが恥ずかしくなった。なんか下心をみすかされたような
そんな気分だった。

「そっか、良かったじゃねえか、」

クリスマスは母さんが塔矢一人で過ごすなんて寂しいだろうって勝手に誘ったんだが、
オレは何となく楽しみにしてた。だってクリスマスっていったら恋人は一緒に過ごしたり
するんだろ?けどオレと塔矢じゃどうしていいかわかんねえし。
だからそういうのも悪くないかなって思ってたんだ。




「ヒカル・・・。」

急に名前で呼ばれてオレはドキッとした。昨夜も塔矢はオレを何度もヒカルと呼んだ。
それがどうにも慣れなくて妙な気分なのだ。

「お前オレのこと名前で呼ぶなよ。」

「どうして?」

「いや、だって恥ずかしいっだろ・・・。」

オレがそっぽを向くと塔矢が苦笑した。

「二人きりのときしか呼ばない。
せめて恋人として過ごす時間はヒカルと呼ばせてくれないか?」

それはもう独占したいというか、塔矢のそういう欲求の表れのようだった。
でもそういうのも嫌じゃないって思うのだからオレも、まんざらでもねえんだって思う。

「わかったよ。二人きりの時なら・・・
あ・・あきら、」

小声だったけど改めて言ってみるとこっちの方が恥ずかしくなった。

「ヒカル・・・」

塔矢がオレを引き寄せる。それにこたえるように唇が重なった。

次はいつ二人であえるかわからない。名残惜しさが残ったがオレは自ら塔矢から離れた。
緒方先生とは鉢合わせだけは避けたい。


「じゃあ、オレ行くな、」

後ろ髪引かれる思いを振り払うように塔矢の家を出るとオレは走った。
ちょうど角で緒方の車とすれ違ってこちらに合図を送ってきたが
オレは気づかないふりをして駅までの道を急いだ。



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一言

佐為とヒカルが最後に打った棋譜なんですがどうも石は置いてないんじゃないかと
いううちの息子の話です(苦笑)細かいことは気にせず読んで下さい~。






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