交差点8

 



約束の時間、進藤の家の前で一度深呼吸をした。


進藤に自宅に誘われた時アキラは二人で会うのなら親のいないアキラの自宅の方がいいと
思ったのは否めなかった。
けれど気持ちは嬉しかったし、もしかしたらsaiのことがわかるのだはないかと
いう気持ちもどこかにあった。

そんな下心に申し訳なさを感じながらもアキラはインターホンを押した。

「はい、どちら様?」

進藤のお母さんのようで少しアキラも緊張した。

「ヒカルくんはご在宅ですか?今日お世話になる塔矢アキラです。」」

「すぐ行きますね。」

ほどなく玄関から顔を出したのは進藤の母(美津子)だった。
目元が進藤に似ているだろうか。



「はじめまして、今日はお世話になります。これはつまらないものですが」

そう言ってお土産を手渡すと美津子は目を丸くした。

「気を使ってもらってごめんなさいね。こちらこそヒカルがいつもお世話になってます。
どうぞ、中に入って。」

「失礼します。」

玄関を上がると美津子はアキラに謝った。

「ヒカルね、今あの子のおじいちゃんの家に行ってて、もう少しかかりそうなの。
塔矢君が来たらヒカルの部屋に上がってもらうように言われてるんだけど。」

「ヒカルくんがいないのにお部屋に上がってもいいのでしょうか?」

美津子はそれに笑った。

「あの子そんなこと気にしないと思うけれど・・。もし塔矢くんが気にするならリビングでお茶でも
どう?」

どうやらヒカルの母(美津子)はアキラに興味があるようだった。
アキラはお茶の誘いを受けることにした。
ヒカルの話が聞けるかもしれない。

「はい。頂きます。」



リビングで勧められたてソファに腰を下ろすと、美津子がすぐに紅茶と
お菓子を用意してくれた。

「塔矢くんはヒカルと同じプロ棋士なんですってね?」

美津子からティーカップを受け取ると頷いた。美津子はそのままアキラの向かいのソファ
に腰を下ろした。

「はい。」

「だったら私はプロ棋士の認識を改めないといけないわ。」

意味が良くわからなくてアキラは首をかしげた。

「私、碁のことはさっぱりわからなくて、奇怪な社会なんじゃないかって
思ってたの。でも塔矢君も前にうちに訪ねてくれた伊角さんも真面目で礼儀正しくて
正直驚いてるの。」

アキラは納得した。

「一般の家庭ならそう思われても仕方がないと思います。
僕は父がプロ棋士だったのでそれが当たり前のように育ってきましたから。
逆にヒカルくんがどうしてこの世界に入ったのか興味があります。」

「あの子は・・そうね。6年生の時に急に囲碁を習いたいって言い出して。
教室に通いだしたの。その囲碁の教室が大人の人が大半で。ほとんど通わない間に
辞めて今度は中学の囲碁部でしょう?それも1年と長続きしないで、院生に、プロ
にって。私は最近まで簡単に囲碁のプロになれるものかと思っていたぐらいなの。」

アキラは内心相当驚いていた。
進藤が囲碁を始めてわずか数年だとは聞いていたけれど・・。
少なくともあの短期間にあれほど
の成長を遂げたこと。そしてアキラと初対面で対局した時はまだ少なくても囲碁を始めて間なし
だったということだ。


「囲碁のプロになりたくてもなれない人は5万といて。とても難しく狭き門なんです。
ヒカルくんが短期間の間に成長してプロになったのは努力と才能があった
のだと思います。」

「ありがとう。塔矢くんにそう言ってもらえるとあの子も喜ぶかもしれないわね。」

アキラはそれに苦笑した。

「出来れば今の話はヒカルくんには言わないで欲しいのですが。」

美津子はそれに笑った。

「ライバルですものね。」

アキラはそういわれると少し照れくさい気がした。

「もっともヒカルが塔矢君を一方的にライバル視してるんじゃないかって私は
思っていたんだけど。」

「そんなことないですよ。僕も彼をライバルだと思ってます。」

語調を強めたのはただの社交辞令だと思われたくなかったからだ。

「そう、ヒカルはいい友達を持ったはねえ。」



美津子と会話が途切れアキラは紅茶を口につけた。

もし・・聞き出すとすれば進藤のいない今しかない。
進藤に対する後ろめたさはあったがアキラは聞かずにはいられなかった。
こんな機会はそう滅多にあるものではない。


「あの・・・ヒカルくん、今年の5月から手合いを休んで
不戦敗が続きましたが何かあったのでしょうか?」

美津子は視線を落とした。

「私もわからないの。でもあの時あの子ずっと何かを探していたように思う。」

探す?何を?アキラの心の疑問を美津子は感じたのだろう。苦笑していた。

「何を探していたのかわからないわ。
ただずっとそんな感じで、家に帰ってきたと思ったら
あちこち探し回って、外に走り出して行ったり。
それで思うところがあったんでしょうね。随分遠くまで探しに行った
みたいなの。
でもある時それもやめてぱったりと引きこもってしまった。」

「それでそれは見つからなかったのでしょうか?」

「ええ、おそらく。でもあの子は何かをみつけたんじゃないかしら。
伊角さんが訪ねてくれた日から、碁石の音がまた部屋からするようになって。
以前に増して碁に打ち込むようになったわ。
ごめんなさいね。みなさんにきっとご心配をかけたんでしょうね。」

あの時はアキラもあせっていたかもしれない。
後ろから追ってきていた彼の足音が突然途絶えて、ぽっかりと心中が空いてしまった
ようだった。

勝つことで示したかった。
彼がもう1度戻ってくることを。

うっすらと涙を浮かべる美津子がどれだけ心配していたのかわかってアキラは
首を横に振った。

「ヒカルくんにとって必要なことだったんじゃないかって僕はそう思います。」

「そういってもらえるとよかったって思えるわね。」

「あのもう一つ聞いてもいいですか?」

アキラは胸がドキドキした。進藤にはけして聞くことはできない。

「saiという人のことをヒカルくんから聞いたことはないでしょうか?」

「sai・・・?その人も囲碁を打つ人なのかしら」

「えっと・・・。」

アキラはひどく説明に困ったが
美津子もひどく困ったような表情をしていた。

「こんな話してもいいのかしら?」

アキラは半信半疑で頷いた。

「あの子よく独り言を言ってた時期があって。その時に『サイ』って呼んでたのよ。
特に部屋で碁を打つときは騒いでサイってよく言ってたように思うわ。
一度不思議に思ってサイって誰なのってヒカルに聞いたことがあったんだけど、
はぐらかされちゃって。結局わからなかったわ。ごめんなさい。変な話をして。」

「いえ、いいのです。」

わからなかったことが、知りたいと思っていたピースの欠片を拾ったようだった。
だが・・・。ますますわからないことがある。
進藤が探していたというもの。独り言で呼んでいたサイ・・・?



その時だった。玄関の扉が開いてガタガタとにぎやかな音を立てた。

「ただいま。」




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また文体が変わってしまいましたが書きたいように書き
進めてます。でも読みづらいかもですね(滝汗;)すみません。





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