番外編 君がいる6

 



オレは目が覚めた。
布団は汗と涙で濡れていた。


オレの目の前で消えていった佐為と先生。
・・・そして塔矢を抱きしめた感触。
その痛みが感覚が胸の中に残っていた。

感傷に浸りながら部屋をぐるりと見渡すと碁盤が目に入った。

オレは慌ててベッドから飛び起きた。
夢の中で見た佐為と先生の碁を覚えているうちに並べたい。

オレがこだわった棋譜はあっけなくかたづけられ
佐為と塔矢先生の打った碁をそこに並べた。

すごい!3年前のものよりももっと・・・・心が震える。

何て碁なんだろ。
まるで、白も黒も生きているように、流れるような激しく
これでもかというように互いを超えて行こうとしてる。




不意に部屋の扉が開いた。
美津子が顔を覗かして小さく溜息をついた。
オレは現実に戻された。

「かあさん、ノックくらいしろよ。」

「さっきから何回もノックしたし呼んでるわよ。それであんたは着替えも
しないで棋譜並べしてるの?」

美津子はもう1度溜息をつくとオレに電話機を差し出した。

「電話?誰から。」

「塔矢くんからよ。」

「えっ?」

俺の内心の驚きは隠しきれず声が少し震えていた。







「もし、もし、オレだけど・・・?」

『・・・進藤、朝からすまない。その・・迷惑にならなければ今から君の家
に訪問したいのだけど・・。』


「ああ。全然構わねえけど、」

しばらく沈黙が流れた。

塔矢が躊躇しているのがわかってオレは息を呑んだ。
 


『実は今君の家の前にいるんだ。』

俺は慌てて部屋のカーテンを開けた。
そこには俺を見上げるように佇む塔矢がいた。

まるで夢の中で会った塔矢のように小さく見えた。



オレは階段を駆け下りると玄関を開けた。

「塔矢!」

「すまない。こんな朝早くから。寝てたんじゃないのか?」

塔矢に指摘されて俺はまだジャージだったことに気がついた。

「いや。そのぼーとしていただけだから。とにかくオレの部屋にあがれよ。」

事情を知っているお母さんは何も言わなかった。



部屋に入ると塔矢は目を彷徨わせた。

こんな朝から訪問するのも、
あれから避け続けてきたオレに自ら接触してくるのもまったく塔矢らしくない・・・。

オレも躊躇したがとりあえず席を進めた。

「まあ、座れよ。それで何かあったのか?」

「いや、そうじゃないんだけど・・・。
あの日君と父が打った棋譜をみせてもらえないだろうか。」

「わかった。」

そういった塔矢が何気に碁盤に目を落とした。

「進藤、この棋譜は!?」

「えっとそれは・・・。」

オレは返事に窮した。何と言って説明したらいいかわからない。
適当に誤魔化すしかないだろうか?

「これはその・・オレの研究譜で・・・。」

「夢の中で父が打っていた棋譜・・・・・?」

オレは塔矢の言葉に耳を疑った。

「塔矢・・・お前も夢をみたのか?」

「まさかきみも?」

「こんなことってあるんだな」

オレがそう言うと塔矢の表情が曇った。

「君ははっきりと夢を覚えているの?」

「いや、夢のことだからあんまし・・・・。」

オレはそれに曖昧に返事した。
曖昧にしておきたかった。

「棋譜を覚えているぐらいには覚えているのだろう?」

塔矢の表情は強い口調とは裏腹に沈んでいた。

「僕はほとんど覚えていない。」

塔矢はそれがすごく悲しいというように碁盤に視線を落とした。  



「僕は悔しかった。父が最後に対局した相手が僕でなく君だったことが。
夢の中で父が楽しそうに打ってる相手が君だったことも。
そしてこの碁を打ったのが父と君だったことも。」

オレは驚いて塔矢を見た。
塔矢の夢の中では先生の対局者はオレだったんだろうか?

「塔矢お前の夢の中で先生と対局してたのはオレだったのか?」

塔矢は大きく顔を横に振った。

「わからないんだ。だが君だったよう気がする。でも僕の傍で父の対局を見ていたのも
進藤、君だった。」

オレは少なからずほっとしていた。
塔矢が佐為のことを覚えていなかった事に。ひょっとしたら塔矢に
は見えなかったのかもしれない。
もともと佐為はオレにしか見えない存在だったのだから。

「進藤、父の対局相手は君ではなかったのか?」


「オレじゃねえよ。その・・・オレはお前と一緒に観戦してたから。
先生の対局者はオレも覚えてない。」

うそをついた。塔矢の顔が翳っがそれ以上は詮索してこなかった。
塔矢が話しながらもじっと目線を追っている棋譜に俺も目を落とした。



「それにしても、塔矢この布石すごいと思わねえか?」

「ああ。進藤手順を覚えているのならもう1度並べてくれないか?」

「わかった。」

俺はもう1度石を集めるとはじめから塔矢のほうが黒石になるように置きなおした。





白石を最後に置いて
「これで終局。」
そう告げると、
塔矢の目から涙が零れ落ちた。


「お父さん・・・・」

そうつぶやいた塔矢は夢で肩を震わせて泣いていた小さい塔矢と重なった。
そうして、震える声で搾り出すように言った。

「君と・・・・父が最後に打った時 父は君と対局するために医療用の麻薬
を打ったんだ。」

衝撃的な事実だった。
先生はそこまでしてオレと最後の碁を打ったんだ。
そして託したんだ。オレたちに・・・。



「父は君と打った碁をとても満足していた。君は強くなったと、アキラは良い
好敵手をもったと・・・・。僕のことも・・父は君にそういったのだろうか?」



俺は本当の事をいうべきかどうか迷ったが、先生の言葉はきっと俺たち二人に
残したものだと思う。
塔矢には何も言わなかったとしたも。

オレは声を震わせた。



「塔矢先生はオレたちのことを知っていた。」

塔矢が驚いたように俺を見た。

「まさか?」

「俺たちにはその身がある。だからお互いの存在の意味を時間をかけて
出せばいいって。」

「父がそういったのか?」

「ああ。」

俺がそういうと塔矢は目をつぶった。そうして思い出したように言った。

「君があの時僕に言ったのは父の受け売りだったんだな。」

あの時・・・?夢の中でオレが言ったこと!?

「塔矢!覚えているのか?」

「覚えている。夢でも。君が言ったことは・・・全部。
・・・・・ありがとう、進藤。」 



そういった塔矢の顔は穏やかでオレは塔矢への想いがあふれ出しそうになって
胸が疼いた。



だが、つぎの瞬間いつもの塔矢に戻っていた。



「次の手合いには出るよ。相手は君だから。」

今週木曜日の手合い。それは本因坊リーグ入りを果たした塔矢とオレと
の対局日だった。

「君には負けない。」

俺も慌てて返す。

「俺だってお前には負けない。」






塔矢はきびすを返すと俺の部屋を後にした。
その後ろ姿にはもう迷いはなかった。








 

                                  白と黒 番外編「君がいる」終

                                  本編 白と黒 7話へ



あとがき

まだ番外編を終えただけですが、少し書かせてください。
実はこのお話『白と黒」を書くにあたって私が非常に影響を受けた小説(TVドラマ)
があります。N○Kの朝の連続TV小の「ふたりっこ」です。ちっと古いので若い人は
知らないかもですね。
ふたりっこは将棋でしたが。

恋人(夫婦)でありながらライバルというヒロインの葛藤があって、愛することよりも
ライバルであることを選ぶんですよ。
そういう切磋琢磨に生きてく姿がアキラとヒカルと重なってこういうお話が出来ました(笑)
その辺の葛藤をうまく表現できていないのが心残りではあったりしますねえ。

本編はもう少し続きます。
よければ最後まで緋色の駄文にお付き合い頂ければ幸いです。

                                                




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