番外編 君がいる3

 



約束の日1時きっかりに俺は塔矢の家の前にいた。
インターホンをならすと塔矢先生がすぐに玄関まで出てくてくれた。

「先生。体の方はいいんですか?」

慌てて駆け寄った。先生の表情は明るかったが明らかに頬はこけて体は
痩せ細っていた。

「今日はウソのように体が軽い。進藤くんが来るというから。」

その言葉に胸がずきんと疼いた。
塔矢先生は塔矢のようにオレを佐為だと思ってるのだろうか?

「あの日も桜が咲いていたな。」

塔矢の家の庭に1本の桜の木があった。それは満開だった。
そういえば塔矢先生と佐為が対局した日も通りの桜が満開だった。

あの日のことは、3年も前になるのに今でも鮮明に覚えている。
見上げた桜の木に想いを馳せる。


『佐為』

俺と塔矢先生の想いは違うけどそれぞれの想いはあの日に還っていた。









「すまなかったね。部屋に入りなさい。」

先生はほほ笑んでオレを奥の部屋へととおしてくれた。
以前塔矢が先生の部屋だと言ってた部屋だった。

そこにはあの日と同じように部屋の真ん中に碁盤がぽつんとおかれていた。
碁盤は誰かをまさに対局を待っているようだった。


「先生オレと打ってくれませんか。」

「もちろん。その為に君を呼んだのだから。」


自分を知ってもらうためオレは石を握った。





勝敗は5目半の差がついてオレの負けだった。

わかっていたことである。はじめから佐為の代わりなんてできるはずがなかったのだ。
だけど悔しくて唇をかみ締め下を向くと先生は満足そうに微笑んでいた。



「強くなったな。進藤君」

「え!?」

「アキラはいいライバルを持ったようだ。」

笑みをうかべているがその奥にある失意も俺には手にとるようにわかった。
オレは塔矢先生の顔を見上げて決心していた言葉を吐き出した。

「先生。俺、今日先生に言わないといけないことがあって来たんです。
オレ先生と打つの今日が初めてなんです。
・・・・・新初段シリーズで塔矢先生と打ったのはオレじゃなくて・・・佐為です。」

何かに打たれたように塔矢先生は俺の顔をまじまじと見た。

「どういうことだね。進藤君」

先生にどこまで伝わるかわからない。信じてもらえるかどうかさえわからない。
でもオレは拙い言葉で話した。何もかも。
話しているうちに何度も溢れ出る涙が言葉が詰まった。
そんなオレの話を先生は何も言わずただ聞いてくれた。




「進藤君、ありがとう。これで、向こうに行っても楽しみが出来たよ。」

俺は衝撃に打たれて塔矢先生の顔をみた。先生は自分の病気のことを知ってる。
もう受け入れている?

「病気のこと知ってたんですか?」

「自分の体のことだ。誰よりもわかってるつもりだ。」

「オレのこんな話を信じてくれるんですか?」

「なんとなく・・・言われてみれば思い当たるふしがあった。
彼を見ることも話すことも出来なかったが私は確かに彼を
対局の中で感じていた。」

そう言われるとなんだか不思議に嬉しかった。
佐為、お前の存在を塔矢先生は感じてたんだ。


「もう一つ進藤くんに言っておきたいことがある。」

「オレに・・・?」

「アキラのことだ。」

塔矢先生からその名が出た瞬間オレは胸がドクンとなるのを感じた。

「君とアキラはただライバルというわけではないのだろう?」

まさか恋人だったってことを先生は知ってる!?

「いや、あのオレ・・・。」

慌てて言葉を探したが見つからなかった。
そんなオレに先生は優しくほほ笑んだ。

「誤解しないで欲しい。アキラを諦めて欲しいと言ってるわけではないんだ。」

「それは・・・でもオレ今は・・・もう。」

「今は仲違いしているのだろう。」

仲違いってそんなもんじゃない。オレは恋人であることよりライバルとしての
あいつとの道を選んだんだ。
そんな心の中も先生には見透かされているようだった。

「アキラはまだ君をあきらめてはいない。」

気づかなったわけじゃない。塔矢が俺にまだこだわってる
ことも。俺の心の中にいる塔矢も。
でも認めるわけにはいかないんだ。この想いは切り捨てる。
いつか時がもっと経てばただの思い出にする。

「あいつが言ったんですか?」

多分違うと思いつつも聞かずにいられなかった。

「アキラは何も言わんよ。」

「じゃあどうして。」

そこで先生は言葉を切ってしばらく目を閉じた。




「進藤くん。佐為はなぜこの世に千年もの間存在したと思う?」

神の一手を極めるため・・・?だがあいつは極めることなく消えて行ってしまった。
オレが答えあぐねているとかわりに先生がその答えを出した。

「それは私と打つためだったんだ。」

傲慢とも取れるその言葉に俺は苦笑せざるえなかった。
でも、それがまんざらでたらめじゃないことぐらいオレには分かる。

ずっと佐為のそばに居た俺だから・・・。


「君とアキラには、その身がある。お互いが存在する意味を君たち二人で出せば
いい。まだ長い道のりなのだから。」




先生は力強くそういうともう1度目を閉じた。




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