王ヶ頭201089日)

 百名山の中では、駐車場から30分ともっとも歩く距離が短い美ヶ原高原・王ヶ頭であるが、もっと楽しむ方法はないかと研究し、先人の歩いた三城牧場から美ヶ原高原をめざすことにした。ちょうど夏休みの家族キャンプを兼ねて、三城にあるピリカでバンガローを借りて、シーフードバーべキューを楽しみ、早朝からハイキングを計画した。

 今年の夏は、夜半に大雨が降ることが多かったが、この日もかなり降った。百曲がり経由の谷から尾根に上がるルートだが、道が廃道になっていないか、雨で荒れていないか、心配だったが、入り口にも道標があり、しっかりと踏まれている、とてもいい道だった。沢筋から登りはじめ、20分くらいで川原のある広場にでた。絶好の休憩ポイントだ、そこから急な斜面に取り付き、百曲がりの名のとおりにジグザグを繰り返す、しかし、道は幅は広く、下草も刈られているようだ。唐松林の急斜面をゆっくりと登っていくと、しだいに視界が開けてくる。反対の尾根や遠く、乗鞍岳や御岳をみることもできた。雲が低く沈み雲海が眼下に広がる。やがて、林も薄くなり、かわりに薄雪草やハクサンフウロ、タカネナデシコなどの高山植物の世界となり、尾崎喜八が「登りついて不意にひらけた眼前の風景に、しばらくは世界の天井が抜けたかと思ふ」と詠ったように突然、視界が開け、草原に飛び出した。そこに牛がなんとものんびりと過ごしている。この感動は、歩いて美ヶ原に到達したものしか出会えないと思った。

 「塩くれば」近くまで行くと、駐車場からきた観光客で賑わいはじめ王ヶ頭ホテルの送迎バスが行き交う観光地の風景になってしまった。それでも青空をシルエットに牛が草を食べる風景に癒される。ホテル前のベンチでおにぎりを食べ、三角点を踏み、家族で記念写真をとり、また、三城牧場をめざして急な斜面を下った。こちらのダテ河原コースも急な割に歩きやすかった。1時間ちょっと無事、牧場のよこをぬけ、ピリカに戻った。途中、いくつもの廃墟となった山小屋があったのが寂しくもあったが、かつてのメインルートを偲ばせる。ピリカのおかみさんに聞いた話では、「松本市立少年の家があり、学校登山が毎日、ダテ河原コースから登り、百曲がりを下るので整備されている」との話だった。廃道にならずに、いまでも昔ながらの登山を楽しめるのも地元の方のこうしたこだわりと努力のためで、ありがたいことだと思った。深く感心していたら、冷たいすいかを半分もいただき、こどもたちは大喜びだった

高原詩抄(昭和17年) 尾崎喜八

  美ヶ原溶岩台地

登りついて不意にひらけた眼前の風景に、

しばらくは世界の天井が抜けたかと思ふ。

やがて一歩を踏みこんで岩にまたがりながら、

此の高さにおける此の広がりの把握に尚も苦しむ。

無制限な、おほどかな、荒つぽくて、新鮮な

この風景の情緒はただ身にしみるやうに本原的で、

尋常の尺度にまるで桁が外れている。

秋が雲の砲煙をどんどん上げて、

空は青と白との眼もさめるだんだら。

物見石の準平原から和田峠の方へ

一羽の鷲が流れ矢のように落ちて行った。

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