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GS美神 リターン?

 Report File.0054 「海から来た者 その7」
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 いつの間にやら師弟対決になってしまった日射血暴流…もといビーチボール。それを行おうとする場所はなぜか海水浴場のど真ん中だ。

「おい、ちょっと待ていっ! 日中からあんたらのような奴等がうろちょろしたら不味いんじゃないのか!?」

『それは大丈夫! TV撮影とでもしておけば、特殊メイクしているとか納得するって!』

 横島は当たり前のような事を口にしたがヒデに笑い飛ばされた。実際、セッティングしているスケとかを見ても周りの人からは「よくできているよな。中の人暑くないのか?」というような意見が出ていたのだ。

『人は自分が信じたい事を信じるんだから多少変でも大丈夫。大騒ぎになったときはご隠居が何とかするって』

 どう見たって人が入るのは無理だろうという約1メートルぐらいのヒデがうろついていても、人はそれ程騒いではいなかった。ひょっとしたら、見るからに幽霊のキヌや奇妙な生物のグリンが一緒だったからかもしれないが。

 スケやカクにより設置されたのだがその手際は驚くべきもので、瞬く間にコートやネットが設置された。

『ふう、中々良い出来映えだな』

『んだ、去年はこの辺のあちこちの無人島で設置しただ』

『去年は確かに凄まじいの一言に尽きる夏だったな。あれでうちの親父が家業から引退したんだよな…』

 スケ、カク、ヒデの各々が去年の夏の出来事に思いふけっていた。

『まさか、今年はおらがこのコートに立つ事になると思わなかっただ…』

 コートを見上げるとカクは肩を落とした。

『勝って嫁さんを家に戻すんや!』

『そや、カク兄さん。心意気で負けたらあかん』

 意気を消沈させるカクにスケ、ヒデは励ました。

「そう! 勝って美人のねーちゃん達とウハウハするんじゃーーーっ!」

 一人だけ、想いの方向性が違うようだったが、士気は高い。

”横島さんの浮気者…”

 そんな浮かれている横島を横目で見ながら、キヌはブスッとした表情で拗ねた。そして、何となく今回の当事者であるナミコの気持ちがちょっと分かった気がしたのだ。

「みぃーー!」

 グリンはそんな男女間の想いなど理解できないので不機嫌になりようもなくものめずらしげにコートを見ていた。

「何の催しなんですの?」

 そんなキヌ達に背後から声を掛けてきた。声からして女性であるのが分かり、振り返ると見覚えのある女性達が3人立っていた。

”えっ!? あなた達は…えーと…ああっ! 横島さんに胸を触られていた人とお姫様抱っこされた人と左頬にキスした人っ!!”

 キヌは自分の記憶をさらい、該当する人物を思い出し、右手をにぎりぽんと左の手のひらを叩いて言い切った。

ズシャッ!

 あんまりなキヌの言い方に女性達は足を滑らせた。中には勢いのあまり倒れた者さえ居た。

「な、なんていう覚え方…」

「それはそうなんですけど」

「名前知らなかったっけ?」

 あまりのキヌの言い草に女性達は少し疲れた顔をした。。

”へへ、すいません…”

 キヌは流石に不味かったかなと照れ隠しに笑ってごまかした。実際にはあの仕事の件が縁でかねぐら銀行○×支店で給与振込み用の口座を開いたので何度か足を運んでいる。ただ、このご時世であるからお金を下ろすのは窓口ではなくATMで行うのが普通だ。キヌも最初は戸惑ったが説明を何度か受けて慣れたので窓口を使う事などないのだ。横島のようにわざわざ下ろすのが遅い窓口を利用しようという発想も無かったので名前を覚える必要も無かったのだ。ひょっとしたら無意識に横島に好意的だったので避けたという事も考えられるのだが。

 因みに横島の口座は二つ、キヌが持っている生活費用と横島のお小遣い用である。キヌは結構やりくり上手であり、横島もお小遣いの範囲内でしか浪費する事もないので結構、お金がたまってきている。それは横島と相談して近々定期にしようという話になっていた。

「私は九能市氷雅、隣が安田沙希、そのまた隣が飯島法子よ。さっきも聞いたけど何が始まるのかしら?」

「えーとですね…」

 キヌはかくかくしかじかと氷雅達に事情を話した。

「…面白そうですわね。是非、観戦しなくては」

「場所取りしましょう。今のうちだったら良い所が取れます!」

「じゃあ、私はみんなに言って来るわ」

 事情を知った彼女たち三人はそれぞれ行動を開始した。といっても単純に場所取りと連れを呼びに行っただけなのであるが。

「…結構、人が集まってきてるわね。見物料取ろうかしら…」

 設置されたコートの周りを見て令子は呟いた。

”美神さん…”

 流石にそれはまずいんじゃとキヌは令子の商売っ気に少し呆れた。

「みぃ〜!」

 グリンは人が多い事に興奮しているのか落ちつきなくパタパタと辺りを飛び回っていた。

『今回は無人島とかではないから流石に目立つな…』

 腕組みをして沿う観想をもらすのであるが、スケはそういう自分の姿こそが一番奇異に見られていることに気づかない。

『泣いている子供達の為にも速いとこ決着つけてナミコに戻ってきてもらうだっ!』

 子供達よ待っているだよ、必ず母ちゃんを連れ戻すだ! とカクは気合を入れていた。

「ちょっと待てっ! お前ら子供いるんか!?」

 そんなカクの呟きに横島は反応した。

『いるだよ? 皆可愛いだべ。みるだか?』

 いつも持ち歩いているのか子供の写真を取り出す。横島は人魚と魚人の子供ってどんなんだとドキドキしながら受け取った。

「な、なんじゃこりゃっ! これ本当に本物!?」

 横島が叫んだのも無理も無い、写真には人魚や魚人ではなく、どう見ても普通の魚が写っていのだ。

『な、何を言うだ! 子供達の写真は幾らなんでも間違えねえだ!』

 カクは失礼なといったが前例があるので横島は簡単には信じなかった。

『確かにそれはカクの子供達だぞ』

 スケの言葉にようやく横島は信じた。カクは自分の言葉が信用してもらえなかった事にショックを受けた。

「しかし、夢もなにもあったもんじゃないな…」

 横島は自分の中の人魚に対する幻想がドンドンと崩れていくのを感じた。こいつらが成長すると魚人や人魚になるのかと考えるが想像つかなかった。

『さて、そろそろ始めますか』

 ヒデはそう言うと手に持って来たビーチボールぐらいの黒い塊を砂浜に放った。

ザクッ

 何気にその黒い塊が砂浜にこの場合は刺さったというべきだろうか?

「「………」」

 令子と横島はその黒い塊を驚きのあまり、無言で見つめた。なぜならその黒い塊は常識はずれの大きさをしたウニだったからだ。

「…なあ、俺にはどう見てもこれはウニにしか見えないんだが?」

「私、もう酒が抜けているはずだけど、まだ酔ってるのかしら?」

 横島も令子も疲れているのか? と思ったが二人とも同じものが見えるので多分違うとは感じていた。ついでに令子はあれだけ飲んだ酒がもう抜けているらしい。本当なら化け物と言っても過言ではないだろう。

『何を言っているだ。これが日射血暴流でのボールだべ』

「な、なんですと〜〜〜〜っ!!」「な、なんですって〜〜〜〜っ!!」

 嫌な予感が当たったと横島も令子も絶叫した。

「こんなんでどうやってビーチバレーをしろっちゅうんじゃーーっ!!」

 横島はカクに詰め寄った。あまりに急なそれはカクにとっては横島の顔がドアップで視界に映ることになり、思わずのけぞった。

『まあまあ、落ち着くだ。横島どん』

 カクは興奮する横島を落ち着けようとしたが失敗した。

「これでどう落ち着けと!? こいつじゃボールとして使えんやろうが!!」

 横島はボールだといわれた巨大ウニを指差した。指は怒りからか興奮からか分からないがプルプルと震えていた。それと同じくしてナミコにも令子が詰め寄り横島と同じことをしていた。さすが師弟といった所だろうか。

『そんな事無いだ。こいつは霊気に触れれば刺さる事ないだ』

『それに結構、見た目とは違って霊気を吸収すればこいつは軽くなるからな』

 彼等の言葉からこのボールとなるウニは何やら霊力に関して特別製で、霊力さえ上手く使えばどうって事はないらしいことはわかるが、心情的に令子も横島のどちらも針山のようにトゲトゲのボールでビーチバレーをする気にはどうしてもなれなかった。

「本当かよ」

 横島は疑わしそうにカク達を見つめた。

『本当だべ。見てけろ』

 カクが触ると刺に刺さる事は無く、逆に刺のほうが曲がった。

「マジか!?」

 横島は目の前の光景に信じるしかなかった。

『本当だったべ?』

 カクの言葉に横島も恐る恐る人差し指で刺をつつこうとした。

『あっ! ダメだべ!』

「アダッ!」

 不用意に触ろうとした横島へのカクの静止の声も間に合わず、横島の人差し指は刺が刺さった。

『だから言ったべ、霊気を出してからでねえとダメだって…』

 指の傷からぴゅうぴゅうと血が出て慌てて指を押さえて右往左往する横島を見てカクは呆れた。

「まったく、情けないわね…」

 そんな横島に先ほどまで自分もナミコに詰め寄っていた令子が声を掛けた。

「いや、大丈夫だって言ってたのに、全然大丈夫じゃ無いっスよ」

 この大嘘つきと横島はカクに目で訴えた。

「そんな事ないわよ。そうなったのは横島クンが悪いのよ」

 令子はそう言い放ち、ウニに掌を無造作に押し付けた。

「あぁっ!」

 そんな令子の動作に横島は驚きの声を上げた。しかし、横島のように血が出る事は無く、カクと同じように刺のほうが曲がった。

「ふーん。確かにこれなら大丈夫そうね」

 令子は触って大丈夫と判ると体重を思いっきりかけるようにしてみた。刺々しさのわりに突き刺さるというか、チクチクするような感触はなかった。不思議なウニだと令子は素直に感心した。先程まではこれを使ってビーチボールをするのに躊躇していたがある考えから別に良いかと考えを180度変えた。

 ウニを事も無げに扱う令子の様子に横島は唖然とした。

「な、何で!?」

 訳がわからんと横島は叫んだ。

『だから言ったべ、霊気に触れれば大丈夫だって』

「?」

「要するに手に霊気を纏わせて触れば大丈夫ってことよ」

 いまいち理解できないという横島に令子は具体的に説明した。

「おおっ! そういう事か!」

 やっと理解できたのか横島はさっそくと両手に[栄光の手]を出して触り始めた。カクや令子と同じようにウニの刺に刺さる事はなかった。

『そこまで高出力はいらないんやけどな』

『あんなんで日射血暴流やったら、直ぐに息切れになるんじゃ…』

 スケやヒデは横島の[栄光の手]に感心しながらも、長丁場で使いつづけるのは難しいと感じた。なぜなら、どう見たって消耗の激しそうなものだったからだ。

「横島クン」

 さっきとは打って変わってウニを触りまくる横島に令子は声を掛けた。

「はい、何ですか?」

 令子が声を掛けてきたことに横島はきょとんとした。

「それ禁止ね」

「へっ?」

 令子が何を言っているのか横島にはわからなかった。

「だから、その[栄光の手]禁止」

「な、何ですとーーーっ!」

 思わず心の中でそんなにあんたは勝ちたいんか! と横島は思ったのだが口に出さなかったのは僥倖である。

「ど、どうしてっスか!?」

 いつもの癖でまずい事を口走っていないかとドキドキしたが令子の態度は変わっていなかったのでホッと胸をなでおろした。

「理由は三つあるわ。一つ目はこれに高出力な[栄光の手]は必要ないわ。それどころかかえってこのウニを破壊する事になりかねないからダメね。二つ目は勝負中の間、[栄光の手]を維持できないと思うからよ。大体、横島クンは午前中に修行ってことで霊力使っているんだから。三つ目は修行の一環かしら。横島クンはまだ霊力の制御が苦手な所があるから、これを機に体で覚えるのよ。第一、そうしなくっちゃ大怪我するわよ? ビーチバレーって言っても腕にだけあたるとは限らないわ。肩に当るかもしれないし、顔に当ってしまうかもしれないんだから」

 まあ、最低限の事は無意識にやっているみたいだけどねと令子は内心に付け加えた。実際、攻撃を受けても大して怪我をしていなかったりするのはそのせいだ。

 令子の言葉に横島はぶるっと震えた。脳裏にはウニが顔面に命中し、真っ赤にそまるというやけにリアルなスプラッタなものがよぎった。

「い、いやじゃーーーーっ!」

 横島は泣き叫んだ。

「落ち着きなさい。何も急に全てできるようになれ、なんて事言うつもりはないわ。最初は全身に霊力を纏わせる事を意識すればいいのよ。それでも[栄光の手]よりも霊力の消費は少ないはずだし、そんなに難しいものじゃないわ」

 令子は横島クンて基礎を素っ飛ばして、応用はできるってところが不思議なのよねと内心付け加えた。その原因がいわゆる別の可能性であった自分自身が原因だ、という事など露知らない令子が、中途半端にできる横島の教育という苦労を背負い込んだ事は因果応報と言うべきなのだろうか?

 これをすれば飛躍的に身体能力や防御力がアップするのだ。横島は煩悩が刺激された時のように、飛躍的に集中力が増せば無意識の内にやっているようだが、今のようにテンションが低い時はできないでいる。

 それはGSという危険な商売においては非常にまずく、どんな時でも力を発揮できなければ命が危ない。そういう意味で霊力の制御には、今回のこれはいい訓練になる。幸い、横島はこういったスパルタな方針で教育するほうが覚えが早いことはわかっている。

「どうやるんすか?」

 横島は不安そうに令子に聞いた。

「[栄光の手]を出す時、手にイメージを集中させると力を感じるでしょ? その力を同じように体全体でイメージして包み込むの。但し、軽くよ? [栄光の手]と同じようにしたら多分霊力不足でぶっ倒れるから」

 横島のように中途半端にできるのは指導する上で非常に難しいものがあった。何ができていて何ができないかを見極めるのが困難なのである。今回のものも令子がつい最近、仕事をしていた時に気付いた事のだ。渡りに船というものと令子自身もこのビーチボールをやる意義を報酬以外に見出したのだ。

「…こんな感じか? …どうっスかね?」

 横島は令子の指導通りにやったがうまくできているのか不安なのか、目が少し泳いだ。

 そんな横島の言葉に令子はニッコリと笑うとおもむろに横島にボディ・ブローをかました。

「へっ!?」

ドスッ

「うぐっ! って、そんなに痛くない…」

 横島は衝撃は感じたものの思っていたよりもダメージは無く、目をパチクリとさせた。

「うまくできているみたいね。その調子をずっと維持するのよ? 維持させるのは結構難しいんだから…もし、できなかったら…」

「できなかったら?」

ゴクッ

 横島は固唾をのみ、回答がわかっていても聞かずには居れなかった。

「血まみれで病院行きね」

「やっぱりーーっ!」

「でも、大丈夫よ。ちゃんとさっき言っていた事ができていればね」

「でも、でもっスよ?」

「いい加減に覚悟しなさい。男の子でしょ? ちゃんとやればいいだけの事なんだから。それに格好良くできればギャラリーが放っておかないわ。キャー、キャー騒がれる事間違い無しよ? って…何だかどっかで見たような顔が一杯いるようだけど…」

 さっきから集まり始めたギャラリーの中に嫌に女性が多いなと令子は思っていたのだが、前列を占領する女性達に見覚えが何となくあった。それは当然であろう。この1,2ヶ月の間に仕事で顔をあわせたことがあるのだから。ただ、言葉を交わしたわけでもないので深く印象には残っていなかったのだ。

「…(おおっ! あれは千恵さんたち! ここでいい所を見せれば……)よっしゃーーっ! やったる、やったるでーーーっ!!」

 横島は見知った女性達がちらほらといるのに気づき先程までの及び腰などどこへ行ったといわんばかりに張り切った。いい所でも見せて自分の株をあげようという算段をつけ、すでに横島の脳内では知恵や氷雅、翔子たちによるキスの嵐を受けている自分がいた。

”美神さん、そろそろ始めますって言ってますけど…って横島さん!?”

 キヌがヒデに言われて令子たちに開始する旨を伝えに来た。そして、でへへと変な様子を見せる横島になんだかムッとしてしまった。

「わかったわ」

「いてっ! っておキヌちゃん?」

 コチンとキヌに軽く叩かれて横島は現世に復帰した。

”そろそろ、始めるそうです…”

 キヌはもう私、不機嫌ですと目一杯、主張するように頬を膨らませていた。

「おわっ! どうしたんだ、おキヌちゃん!? 俺、何かしたのか!?」

”別に何でもありません…”

 心当たりがなく不機嫌になっている様子のキヌに横島は焦るのであった。

 こうして日射血暴流が始まりを告げた。予想通りに(横島だけの)血の雨がふるのか、はたまた(令子に)不運の嵐がくるのかはまだ誰にも(作者にも)わからない。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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