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GS美神 リターン?

 Report File.0023 「横島の学校生活 その3 〜 横島のある日常」
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ユサユサ、ユサユサ

「ん・・・」

 横島は自分の体を揺さぶられてまどろみの中、目が覚めた。見開いた目には朝日が映る。何時もの日常の始まりだった。

”横島さん、朝ですよ”

 揺り起こしてくれたのは横島に括られてしまった幽霊キヌだった。

「あ?ああ、おはよう・・・」

 横島は上半身を起こすと伸びをしてお腹をぼりぼりと掻いた。意識がはっきりしてくると鼻腔に味噌汁の匂いが漂ってきた。

”はい!おはようございます、横島さん。朝ごはんが出来ていますから早くお布団を上げてちゃぶ台を出してください”

 キヌは挨拶を返すと台所へ戻っていった。横島はそのキヌを目で追った後、欠伸をして目をこすると、キヌに言われたとおり布団を上げにかかった。そんな中、包丁とまな板で奏でられる華麗なるハーモニーが聞こえてくる。横島はその音色に幸せを感じる。が、それと共に悲しみも覚えた。

(これで、おキヌちゃんが幽霊じゃなかったらなー)

 横島はキヌが幽霊であることを嘆き、何度も実体さえあれば押し倒せるのにと空に向かって神様のバカヤロー!!と何度叫んだ事か。もっとも横島は幽霊であるキヌを一度、錯乱気味であったとはいえ押し倒しているので、ひょっとしたらやろうと思えばできるんじゃないかとも思うのだ。やはり、正常な時にはそういった発想がないのか、都合の悪い事は忘れているのだろう。

 幽霊は悪霊と違って基本的に生前の姿で現れるし、それ以外の姿に変わることは出来ない。キヌは幽霊にしては珍しく霊体が安定している為、物を掴んだり霊能に目覚めていない一般人にも姿を見せることが出来るなど実体を持っているのと大して変わらない状態になれるのだがこの法則だけは変わらない。もしそうでなかったなら煩悩の権化たる横島はとっととキヌと事に及んでいただろう。

 いわば極上の肉をガラス越しに目の前にしているというおあずけ状態にあった。そうなると自然に別の方面で発散させる事になるのだが、キヌは殆ど横島と一緒に居るのでガス抜きが出来ずたまる一方であった。何がとは聞かないでくれ。武士の情けちゅう事で。

「おキヌちゃん、こっちはいいぞ」

 横島はちゃぶ台を用意してキヌに準備できたと声をかけそのまま顔を洗うために洗面所に行った。横島が顔を洗って戻ってくる頃にはちゃぶ台にはご飯とお味噌汁それに玉子焼きと漬物が並べられ、古風で質素ながらもおいしそうな匂いが漂っていた。

”どうぞ、横島さん”

 キヌはニコニコしながら、また台所へ戻って行った。今度は横島のお弁当を用意するためだった。横島が高校に入った当初から考えると想像すらできなかったような待遇である。

「ああ、ありがとう。おキヌちゃん。いただきます」

 横島はキヌに感謝を込めて手を合わせた後、ご飯に手を付け始めた。

「うまいっ!!相変わらずおキヌちゃんの作る飯はうまいなあ」

 と横島は絶賛し、がつがつと見ていてあまり上品とはいえないが見事な食べっぷりであっという間に平らげた。

「ごちそうさま!」

 横島は食べた後、制服に着替え始めた。始めのときは食器を片付けようとしたのだがキヌに断られてしまった。まさに上げ膳据え膳である。袖を通したカッターシャツもアイロンがあてられており、気分もピッシリとしなければという風に思わせてくれる。もちろんアイロンをあてたのはキヌである。キヌが横島に括られ都会に横島にくっついて出てきたとき先ず最初に300年近くの文明のギャップに戸惑ったがそれでも最初に慣れようとしたのは家事だった。その中で掃除や洗濯なんかの仕方がかなり変わっていたのに驚いたりもしたがその辺は直ぐに覚えた。その中にアイロンの使い方もあったのである。最近は料理のレパートリーを増やすのに夢中になっていたりする。

”はい、横島さん、今日のお弁当です”

 キヌは横島に用意したお弁当を渡すと食器を下げ始めた。お弁当にはキヌの料理研究の成果が少しずつ日を追う毎に反映されていた。

「ああ、何時もありがとう。おキヌちゃん」

 横島はそんなキヌに感謝だけは忘れまいと礼を言った。横島は今日の授業を確認して忘れ物がないかチェックした。入学したての頃は教科書なんかは学校の机に入れたままでかばんには何にも入っていないような状態であったが令子の所でバイトするようになってからは持ち歩くようになった。

 何故なら令子に自分の弟子なら最低限の勉学や教養は身に着けろと口すっぱく言われたからだ。何でそこまで自分の生活に干渉されにゃならんのかとも思ったが女にもてたいなら男を磨けと諭された。実際、令子がいい女たれと努力する姿を見る事があってからは、それなりに勉学に真面目に励んでいた。

 わからない所は令子がスパルタながらも教えてくれる。覚えが悪ければ理不尽ながらも勉強料よと給料から差っ引かれるので、横島は聞いたからには必死に覚える事になった。もっとも給料については基本給以外に危険手当という形で依頼毎に難易度に応じた額が小額(とはいえ万単位)ながら付与されるため普通にバイトやっているよりはもらえる。が、行き過ぎた横島のセクハラ行為に給料が減額されたりするので結果的には殆ど基本給だけだったりする。(横島の給料明細にはセクハラによる減額項目が設けられていた。世の中の事を考えると首にならないだけ凄くマシだろう)

”そろそろ、お時間ですよ。横島さん”

 キヌが時計を見て言った。

「じゃ、行こっか。おキヌちゃん」

”はい、横島さん”

 二人は返事し合いアパートをでて学校へ向かうのであった。これが横島とキヌの日常の始まりであった。はっきり言って夜の生活がないだけで端から見れば夫婦といって差し支えない関係の二人であった。

     *

「せんせーい、元気してますか?」

 令子は唐巣神父の教会を尋ねて来た。手には食料品を持って。令子は何だかんだといっても師匠である唐巣神父の内情を知っていたので訪ねるときは必ずと言っていいほど日持ちのする食料品を用意していた。

「ああ、美神君か。今日はどうしたんだい?」

 ここ最近は横島がらみで何度か唐巣神父の所を尋ねて来たので内心ではまたそうなのだろうと思っていたが口には出さなかった。また令子の様子に前のように何というか孤高を保とうとしているというか他人を寄せ付けないような雰囲気が和らいでいるのを見て唐巣神父は弟子の変化を素直に喜んでいた。

「ええ、少し横島クンの事で相談があるんですけど」

 令子は少し言いにくそうに言った。ここ最近、横島の事で何度か唐巣神父を尋ねていることに気兼ねしたのだ。流石に師匠にだけは倣岸不遜な態度ではいられないのだろう。

「(やはり、横島君を美神君に任せてよかったかな・・)どういう相談だい?」

 唐巣神父はこの不肖の弟子、令子の変化をもたらしたのが横島である事は間違いないと思っている。実際、記憶を失う前の横島の話で何となくだが美神が横島を頼っているように感じたから、記憶を失った横島を自分が指導したいという思いを抑えて令子に任せた。長年、保護者として、師匠として面倒を見てきたこともあり彼女の表面にはでない危うさを危惧していた事も一因だ。

「はい、実は思い切って、横島クンを今期のGS資格取得試験を受けさせようかと思うんです」

 令子は自分の考えを唐巣神父に打ち明けた。

「そ、それは少し早いんじゃないかい?せめて来年とかにしたほうが良いんではないかね?」

 その言葉に少し早計ではないかと令子に唐巣神父は窘めた。

「私も始めそう思っていたんですけど、この前の仕事で意見を変えました。その仕事は・・・」

 と令子は前回の仕事、高層ビルの最上階オフィスを占めていた悪霊との経緯を唐巣神父に語った。

「うーん、その話が本当なら確かに十分、GS資格を取得出来るだけの実力はある事になるね・・(記憶を失って扱い方が分かっていないだけだからな・・切っ掛けさえあれば記憶を失う前の霊能は使えるようになるという事か・・)」

 唐巣神父は記憶を失う前の横島が本人はそう自覚していないがGSとして一級以上の者である事は見抜いていた。

「現時点では足りない部分もありますが、GS資格取得試験までにはまだ期間もありますし、試験がある頃には十分なものを身に着けていると言うかつけさせます」

 令子は言い切った。

「・・君はそれを言いに来たわけじゃないんだろ?」

「はい、同じ時に今、先生が弟子として取っているピエトロ・ド・ブラドー君も一緒にどうかと思いまして」

 令子が今日唐巣神父の下に来た本題を切り出した。

「ピート君をかい?」

 唐巣神父は話の流れからおよそ察してはいたもののいざ言葉にされてやはり戸惑いを覚えた。弟子のピートについてはじっくりと修行させようと考えていたからだ。

「ええ、そうです。彼には何度か会いましたし、横島クンからも話を聞いたこともあります。彼はバンパイア・ハーフですね?」

「ああ、そうだ」

 令子がピートについて嫌悪していないのは流石だと思いつつ同意した。

「その時点で彼は私達よりも優れた資質を持っています。私が見た所、彼がGS資格取得試験を受けるに当たって必要なのは自信だけだと思うのですが?まあ、それだけじゃなく一緒に受ける知り合いが居れば少しは気が楽になるというのがあると思うんです」

「・・・まあ、確かにそうだがね」

 特に最近、ピートも横島に刺激されたのか実力も伸びてきている。何よりも心の持ちように今までは対人関係に悲壮感があったのが多少なりとも薄れてきているのが感じられる。このまま行けば試験がある時期にはGS資格を確実に取れる実力を身に着けているだろう。

「仮にGS資格を取得したといっても直ぐに一人前のGSとして認められるというわけではないのはご存知でしょう?それに彼等は私や先生のようにトップクラスのGSの下でしか除霊をやっていませんから、例え合格しないにしても同じGSを目指す者達と触れ合うのはいい刺激になると思います。特に自分達の立つ位置がどんな所にあるかはわかるんですから」

 別段、一発でGS資格を取れなくてもかまわないと令子は思っていったが、少なくとも横島は自分の期待に応えてくれるだろうと考えていた。それに確実にしようと思えば横島の煩悩を適度に刺激さえしてやればいいのだ。

「何事も経験か・・・しかし、美神君も何だか成長したようだね」

 唐巣神父は令子が横島を弟子としてちゃんと面倒を見ていることに嬉しく思った。少なくとも記憶を無くす前に聞いた横島の口から語られた令子の人物像からすれば成長しているのではと思えた。無論、人の性格等は早々には変わる訳はないが正当な評価が出来るようになっている事は喜ばしいことである。

「先生の言うとおり、人に教えるという事は自分の知らなかった事を発見するということですね。色々面倒ごともあったりしますけど退屈だけはしませんから」

 令子は今の生活が充実してきていると実感を込めて言った。

「わかった。私もピート君のGSとしての成長には最近目を見張っていた所だ。美神君の所の横島君とあわせてGS資格取得試験を受けさせる方向で考えるよ」

「ありがとうございます。先生」

 そう言って唐巣神父、令子は互いに顔を見合わせ笑いあった。

     *

「おうピート、相変わらずだな」

「ああ、横島さん。貰えるのは嬉しいんですけど食べきれないのが一寸きついですね」

 二人の師匠が弟子たる彼等の進路を話し合っている時、当の本人達は暢気に話し合っていた。ただ今お昼時間。ピートの机の上には差し入れとお弁当が4つ並んでいた。それを見た横島がジト目で言ってみせる。

「それ、嫌味か?嫌味なんか!?俺はそんな差し入れなんぞ貰った事が無いというに!!」

 横島がピートの発言に反応した。が、罵声と共に横島は床に沈んだ。

「お前が言うな!!我等がアイドル、おキヌちゃんに毎日毎日弁当を作ってもらっているのはお前ではないか!!そんな奴にそれを言う資格はないっ!!」

 級友である男子の一人が拳を上げて泣きながら言った。

「「そうだそうだ」」

「あまつさえ、朝も晩も作ってもらっているそうではないか!!それをなんだ!!」

「くそ〜羨ましすぎるぜ」

「えーい、こいつなんかこうしてやる」

 と何人かの男子がえいえいと沈んでいる横島を踏みつけにした。

「ああっ・・・」

 余りの成り行きにピートは硬直してしまった。キヌが居ればこれほどにはならなかったかもしれないが生憎キヌは校内で知り合った浮遊霊と交流を深めるために居なかった。

「くそう、くそくそくそー!!手前の弁当は俺が食ってやる!!」

「バカやろう、それは俺が食う」

 横島への制裁が終わった後は戦利品たるキヌの弁当の略奪戦が横島の類友たる男子達によって行われた。この騒ぎで男子の半数が保健室送りになったそうな。

「・・横島さん大丈夫ですか?」

 ヨロヨロと立ち上がった横島にピートが心配そうに尋ねた。

「・・見て判らんか?」

 横島は自分の弁当を食べ損ねた事に憮然とした。またキヌに申し訳なさを感じていた。

「少なくとも大丈夫そうに見えるんですけど」

 先程までボロボロだったはずが今や何でもなかったように振舞う横島に言った。

「さよか・・」

 少し疲れたように横島は言った。

「お弁当、食べれませんでしたね」

「ああ・・」

「すいませんが僕が貰った弁当を食べるのを手伝ってもらえませんか?」

「ああ・・」

「ありがとうございます」

 二人はキヌの弁当をめぐっての血で血を洗うと表現していいような惨状を横目にピートの貰った弁当を開けた。

「横島さん・・あんまり不用意な発言は避けたほうがいいですよ?」

 ピートは弁当の中に苦手なガーリックがないか、確認して食べ始めた。横島も貰った手前、ピートが食べれないようだった交換する必要がある、と手をつけずに待っていたがピートが食べ始めたのを見て横島も手をつけた。

「それはしゃーないんや。もう本能みたいなもんやから・・・それにしても何とかしないとな」

 ここ最近はピートに対する僻みが原因で何度か同じような騒ぎを起こしていたが、横島には改めるつもりはないらしかった。横島にとりキヌとの状態は蛇の生殺しである。一番やりたいことができずにストレスを感じ、発散できない以上、それ以外の所で解消せねばならない。いわば、級友と弁当を作ってくれるキヌには悪いが己の精神安定の為にもこれは譲れない事だった。

「そうですか・・・ところで悪いですけどもう一つ弁当、食べてくださいよ」

 そう言って残りの弁当のどちらかを選べと差し出した。

「あいよ。まったくこんなの貰えるピートが羨ましいぜ。もてない奴の僻みだけどな」

 横島はどちらにするか悩んだ末に大き目の弁当を手にした。

(そうでもないと思うんですけど・・・)

 横島も実は結構人気がある。キヌを筆頭にクラスの内外で何人かが好意を持っていたと思う。ただキヌを除いて他のものは横島がGSを目指しているという事からの憧れに近いようなものだ。今は周囲の濃い人種の様子に横島にアプローチすべきか天秤に掛けている所じゃないかと思うのだ。ピートにしたってたまたま自分はアプローチしやすかったというだけで同じようなものだと思っている。

「ああ、くそっ。人のために作られたものでも、おいしいや」

 横島はそう言って弁当をがっついた。

 クラスの女子と横島、ピートは騒ぎに目を向けることなくお弁当タイムを満喫した。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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