泥団子

「見て」
そう言って、彼女は掌にある泥団子を僕の目に映し出した。
それは、とても丸いとは言い難い、歪な形をしたものだった。
「美味しそうでしょ?」
と、彼女は無邪気に尋ねる。
「うん」
僕は座るベンチの冷たさを感じながら、そう言った。
「これ、お兄ちゃんにあげるね」
彼女は、泥だらけになった掌で、僕にその団子を差し出した。
「ありがとう」
僕は淡々とそう言って、その団子を受け取った。
彼女はまた、砂場のほうへと駆けていく。
小さな公園のその小さな砂場で、小さな彼女はその小さな掌で、また泥団子を作っていた。
僕はもらった泥団子をしばらく眺めていた。
そんな無邪気な時もあったんだなと、過去を振り返りながら。
しばらくすると、急にその泥団子が酷く滑稽に見えてきて、僕はそれをベンチの上に静かに置いた。
何となく、空を眺めると、黒い雲が辺りに立ち込めていた。
もうすぐ雨が降るだろう。
そんなことは気象予報士でない僕にも、安易に想像できた。
でも、僕は家に帰ろうとは思わなかった。
何だか全ての気が失せてしまって、なにもやる気が起きなかった。
多分今この場から立ちあがるのにも、数十分のときを要するだろう。
それくらい、何もやる気が沸かなかった。
原因は明らかだった。
家に帰りたくない。
合わす顔がない。
会って、なんと切り出せばいいだろう。
キミはそれを聞いてなんと言うだろう。
明日からどうしていけばいいのだろう。
目に見えるものは遠い昔の幻想に過ぎないのだろうか。
もう、この手を離れて、幸せとは何処へ消えたのだろうか。
空は暗く、これから僕が進む道も暗そうだ。
そんなことを考えていると、突然鼻の頭に冷たいものを感じた。
僕は空を仰いだ。
暗く、黒い雲からは大粒の涙がこぼれてきていた。
遠くで、女の人の叫ぶ声がする。
泥団子をくれた彼女は、その声に返事する。
それから、僕に遠くからまたねと再会を誓うはずもない声をかける。
そして彼女は、人の中に消えていった。
僕は公園に取り残され、すっかりずぶ濡れになっていた。
混沌とした公園には湿気が漂い、僕の中には晴れ渡るところさえなかった。
そして団子は、ただ雨に打たれ、ゆっくりと、その姿を崩していった。
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