Xmas クリスマス

At the nights of Xmas eve (イブの夜に)

「待った?」
駅前のモニュメントの傍、そこで僕らは待ち合わせていた。街がきらびやかに色めくイブの日、二人で夕食を共にするために。
「それなりにね」
「うん?それはごめん。とりあえず、歩こうか」
少しだけ妙な雰囲気を帯びたまま、僕らはクリスマス・イブの街へと向かう。

「あっ、き、奇遇だね」
駅の西側、こんな日でも残業のあった僕が家へと向かっている最中。偶然出会った彼女が声をかけてきた。
「こんばんは。こんな日にどうしたの?」
「ちょっと、暇を持て余していて……。そんなことより、夕ご飯まだだったりする?」
上目遣いで困ったような、はにかんだような表情をして尋ねてくる。
「まだだけど……」
「じゃあ、一緒に何処か食べに行こう?」
僕が返事を返す前に彼女は僕の何も持っていない方の腕をとって言う。どうやら彼女はノリノリのようだった。

「今年のクリスマスは雪が降るのかな」
二人で歩きながら僕はそう呟いた。
「さあ……、どうかな」
ぼんやりと空を眺めながら彼女はそう言う。
つないだ手は確かに温もりを帯びていて寒空の下に小さな懐炉があった。ほっとする暖かさ。慣れ親しんだ感覚。
握る手に少しだけ力を込めてみる。彼女はそうする僕をちらっと横目で見て、再び空を仰ぐのだった。

「こういうつもりじゃなかったんだけど……」
喧騒を少し離れた奥まった場所にあるこぢんまりとしたラーメン屋のカウンター。そこが僕と彼女が夕食を取る場所だった。
「ここだって、そう悪くないと思うけど」
隣に座る彼女に、小声でそう言う。イブの今日は何処のおしゃれなお店も予約制、チェーンの料理店でさえ家族連れでいっぱいだったのだ。
「……悪いとは言わないけど、でも」
そこまで言って彼女は口を濁してしまう。
こんな日にはそぐわない。きっと、そう言いたいのだろう。
つまり、あれは偶然なんかじゃなかったのだ。

「ごちそうさま」
紙ナプキンを手にして彼女は言う。
テーブルの上には綺麗になったお皿が幾つも並んでいて、中央には小さな花飾りが添えてある。外のイルミネーションがうっすらと差し込む店内に、やや薄暗い中にテーブルだけを照らすように置かれた明かり。お店の雰囲気も食べ物の味も何も言うことはなかった。
「そろそろ行こうか」
「……そうだね」
席を立って(彼女もそうするのを見てから)レストランの会計へ向かう。金額を告げられ、脇から財布を取り出す。
「割り勘でお願いします」
その時、急に彼女が後ろからそう言った。僕は驚いて振り返る。
「いや、いいよ。僕が払ってお」
全て言い終わるまでに、彼女は僕の口を指で軽く押さえて、制した。
「割り勘で」
重みのある頑なな口調で僕の後ろへ言う。
「大事な話があるの」
依然として僕の口を封じたまま、彼女は今度は僕を見てそう言ったのだった。

僕が先に食べ終わって一息ついた頃。
飲み干したコップに再び水を入れてから、それを手に隣に座る彼女を軽く見る。黙ったまま目の前にあるラーメンに手をつけ、時折何か思い出したかのように難しそうな顔をしながら宙を見ている。こうして僕がその表情を覗き見ていることにも一向に気がつかないまま。
おおよそ何を思っているのかは想像がつく。あとは彼女が踏み切るのを待つだけだった。
それからしばらくして彼女はラーメンを食べ終わる。
「あの、話があるの」
そして箸を器の上に置いてから、心決めたように僕を見てそう言った。

レストランを出て、二人で煌めく街へと戻る。星の見えない空さえ輝くようで、街は光で溢れていた。
「それで、話って……?」
恐らくは少し怪訝そうな顔で訊いているのだろうと思う。自分でも。
「別れたいの」
言われて、立ち止まる。彼女は思わず見遣った僕をその眼でしっかりと捉えてから、再びイルミネーションへと戻った。
「嫌いになったってわけじゃないよ。好き。大好きだよ」
「じゃあ、どうして」
喉をついて出た言葉はそれだった。それだけだった。
「私ね、しばらく一人で世界中を旅してみたいの。色んな国を見て、色んな文化を知って、色んな生活を体験したいの」
そう言う彼女の横顔は眩しかった。それだけで、恐らく、いや絶対、僕が何を言おうと止められないのだと分かっていた。
ずっとずっと、彼女は海外(そと)に憧れていたから。それでも何か言わずにはいられなかった。
「それが危ないことだって」
「分かってるよ。分かって、言ってるの」
振り向いて言う、予想通りの答え。訊かなくても分かっていたこと。
「……ごめんなさい。身勝手なことだって分かってる。でも、こんなことができるのは今しかないって」
「戻って、来たら」
声が声にならない。何とか出てもこれくらいだった。
「向こうからでも時々連絡はするよ。こんな私でも、待っていてくれるのなら」
そう言って彼女は僕をぎゅっと抱きしめる。なんて、意地悪なんだろう。この人は。
「……待ってるから」
ただそれだけを消え入るような声でしか言えなかった。
「ありがと」
彼女が耳元で吹きかけるように甘く囁く。それから顔の見える位置に離れて、
「今日はこれから好きなようにしてくれていいよ」
上目遣いで微かに頬を赤くして彼女は言う。
こんなに寒いイブの夜。彼女は何を思うのだろう。

「もしよかったら、付き合って欲しいなって」
煌めく街に恋が一つ。わざわざこんな寒い日に、会えるかどうかも分からない駅前で待つなんて。
目の前でもじもじしながら答えを待つ彼女の頭に、そっと手を乗せてみる。彼女はそれに少しだけ目を細めるもその意味を図りきれないようだった。そのままそっと反対の手で彼女を包みこんで、ぐっと引き寄せてみる。顔の間近に迫る位置。そこで優しく返事を返す。
「いいよ」
それにしばらくきょとんとしていた彼女は、思い出したかのように口を開く。
「えっ、あの、ありがとう……」
そばで真っ赤になりながら、小さな声でそう言う。そう言って彼女は僕にぎゅっと抱きついてくる。そういうところが可愛いから。そばにいてくれればいいなって。

あれから。僕は一人で街の中心にある大きなクリスマスツリーに来ていた。
好きなようにしてくれていいと言った彼女に最初に言ったのは、少しだけ一人になりたいということだった。
少しだけ。一人で考える時間が欲しかったから。きっとあのまま別れてしまうつもりであったのだろう彼女に、少しだけ。いじわるも込めて。
あの日、目の前にある大きなツリーには訪れる人向けに飴がぶら下げてあった。何となくそれが今もあるのだろうかと気になって、ツリーの下へと足を運んだのだった。辺りにはカップルや家族連れがちらほらといる。
そんな中に、一人独り身。彼女も今頃この街の下、一人でいるのだろう。近かった未来、気持ちさえも一人のままいたのかもしれない。そう思うと増して彼女と離れたくないと想うのだった。

「わあ、ツリーに飴がいっぱい……」
まるで小さな子どものようにはしゃいで、彼女はツリーの下に駆けていく。その後ろ姿を微笑ましげに眺めていると、ふとその向こうに一人でいた女性が目に留まった。なんとなく気になって数歩前に出て目を細めてみる。その女性は気のせいか彼女に似ていて──。
彼女に双子の姉がいるなんて聞いたことがないけれど、恐らく他人の空似だろう。そう思って、何となしに──まるで何かに導かれるかのようにその反対側を見てみる。そこにはスーツ姿の男性がまるでツリーを挟んで先程の女性と向かい合うように一人佇んでいた。彼はまるで……。
タイトル
小説
トップ