Isolate 分離する

They're isolated from each other by the real (現実によって引き裂かれる)

「先輩が何と言おうと、好きなことに変わりありませんから」
「じゃあどうしたら私を嫌いになってくれるの?」
不敵に笑って長い髪を掻きあげる。風に靡くそれがかすかに頬を撫でてくすぐったい。それと共にシャンプーかリンスか甘い独特の香りが鼻を掠めていく。
「いじわる、ですね」
「何度言っても諦めてくれないんだから仕方ないでしょ」
空を眺めてため息を一つ。吐きたいのは僕の方だった。
「先輩だって僕のこと好きなのにそうやって突っぱねて。いい加減自分に正直になって下さい」
振り向いて僕の頭にぽんと手を乗せる。僕より幾分か背の低い先輩の見上げた顔は優しげな表情だった。
「それくらい言われなくてもとっくに分かってる」
空いた左手をそっと胸に添える。
「分かってるから」
繰り返す。それでも僕とはつき合えないということを含んで。
「じゃあ」
「それ以上言ったら嫌いになるけど、それでもいいの?」
先輩はいじわるだ。分かっていてそんなことを言う。
「もう」
風に消え入りそうなくらい小さく呟いて、先輩は少しだけ、背伸びをした。
先輩の唇がそっと触れ、柔らかい余韻を残してすぐに離れてしまう。
「これで、許して」
伏し目がちに言う先輩はぎゅっと抱きしめたいくらい可愛かった。そんなこと言ったら間違いなく怒られるだろうけど。
「先輩」
呼ばれ顔を上げた先輩の唇をすかさず奪う。
「んっ……」
ただこれくらいなら許されるかなって。
そっと腕を背に回してその細身を抱きしめる。先輩は少しだけ戸惑ったように身じろぎをして、後は僕の腕の中でじっとしていた。
そうしてどれくらい経っただろう。十秒くらいだったかもしれないし、十分と経っていたかもしれない。いつの間にか先輩の手も僕の背中にある。もうずっとこうしていたかった。これが何一つ叶えることがないことを知りながら。
柔らかく熱っぽい感触に浸り、これさえあればもう何も要らない、なんて。
でも、僕は求めてしまった。気になってうっすらと開けた瞳に映ったのは先輩の頬に流れる二本の線だった。
先輩もずっとこうしたかったのだ。それなのに僕はずっと求めてばかりで。僕が早く先輩のことを嫌いになっていたら、先輩はこんな涙なんて流さなくて済んだのに。先輩も僕のことを諦めきれたのに。
許されるだなんて、なんて傲(おご)りだろう。
先輩にどういう理由があるのか知らない。先輩も言わないし、僕も訊きはしなかった。
でももう引き返せない。
そういうところまで先輩を引きずり込んでしまったから。先輩に泣かせてしまったから。
そっと先輩を離す。先輩は流れた涙を拭くこともなく酔いしれたように惚けていた。こんな表情をさせたのも僕のせい。僕がもう一度重ねてしまったから。
「先輩?」
呼ばれてはっとした表情で慌てて頬を拭う。ごまかすように笑って髪を撫でる。それは先輩の癖だった。きっと自分でも気がついていないのだろうけど。
「ごめんね」
気持ちに気づいていて付き合えないことにだろうか。それともここで泣いてしまったことにだろうか。
僕は返事をする代わりにぎゅっと先輩を抱きしめることにした。その胸に先輩の鼓動が伝わってくる。
とくん、とくん、と。
耳元で先輩が小さく息を吸い込んだのが聞こえた。
「私もね、ずっと君のことが好きだったの」
その言葉を先輩の口から直接聞くのは初めてだった。
「ずっと。初めて会った日から気になっていたし、今もそう。こうしている間ももっと知りたいって思ってる。あれから半年経ったけどそれでもまだ足りないから」
「うん」
それは僕も。
「でも……」
同じところへ返ってくる。何がそこまで先輩を留めているのだろう。隠していることを訊きたくない、でも訊かないとどうしても前に進めなかった。
「先輩は一体……」
何を隠しているんですか。その二の句が告げられなかった。
「……いつか。いつか覚悟ができたら最初に話すから。それまで少しだけ。少しだけ、待っててくれる……?」

遠い夏の日。消え入りそうな先輩の声だけが強く耳に残っていた。

           due to the real…
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