Draw 描く

My figure drawn on canvas is so... (キャンバスに描かれる私の姿はとても……)

「ねえ美耶、モデルになってくれない?」
教室からぼんやりと窓の外を眺めて団扇でパタパタとしていると、実沙がそんな風に声を掛けてきた。
「モデル?」
「そう、モデル」
「何の?」
「私の絵の」
確か実沙は美術部に入っていた。そのモデルになれということだろうか。
「……何奢ってくれる?」
タダで描かれるなんてつまらないもの。それに、ほんのちょっとだけイジワルしたい気分だった。
だけど、それを聞いた実沙は思いの外困った顔をしている。さては……。
「え、ん〜と……、その、今月金欠で……」
やはり、そう来ましたか。
「なんだ、残念」
その言葉に実沙は過敏に反応する。でも私は素知らぬ顔でまた流れる雲を眺めながらパタパタとしている。
「えっと……」
うん。
「あんまり大したもの、出せないけど……。それでもよかったら」
よし、勝った、この駆け引き。要は値段じゃなくてその事実さえ得られればいいのだ。
だけど、それが私の早合点だったということを知るのはそう遠くなかった。

その日の放課後、実沙は私が掃除をしている合間に先に部室へ行っていると言いに来た。私はそれを了承して、掃除が終わってから一人美術室へと向かった。
廊下の角を曲がって美術室の棟に出ると、美術室に二つある扉は両方とも閉まっていた。この初夏の暑い最中に締め切ってどうするのだろうと思いつつ、電灯の明かりが漏れていることを確認してからその扉を開ける。
「実沙、来たよっ……って、あれ?」
机の上に意図的に置いたとみられる椅子が一つ、そしてその場所を捉える位置にイーゼルと椅子が一つずつあるだけ。
他はいつも通りの美術室だった。そして彼女はいない。
「実沙、いないの?」
部屋の左右を眺めて実沙の姿を求める。しかし彼女はその何処にもいる様子がない。
トイレにでも行っているのだろうか。私がそう思った時、
ガシャッ
鍵の閉まる音が部屋に響いた。
私がそれに反応して振り向くと、そこには案の定実沙がいた。
「これでもう、ここには誰も入って来れないから」
ということはもう片方も閉まっているということか。
「それって、どういう意味?」
私がそう問うより寸分早かったか、彼女は扉の前から私の方へと何も言わずに歩いてきた。その沈黙に少し威圧感を感じつつも、彼女が何を意図しているのか察しようとしてみた。呼び出されて、閉じ込められて、黙って近づいて来る……。
これは、新手の告白!?
彼女はそんな馬鹿なことを考えている私の前に立ち、両肩に手を置いて言う。
「美耶、私実は……」
もしかして、私の予想は外れてはいないのだろうか。でも、そんなことって……。そりゃ、幼い頃からずっと一緒にいたけれど……。
「……て欲しいの」
しばらくの沈黙を破って彼女が言った言葉は、その肝心なところが聞こえて来なかった。
「うん?」
「えっと……、実は美耶にヌードになって欲しいの」
彼女は吹っ切れたのか、真面目な顔をしてそう言った。今ヌードって言ったのだろうか。
「はい?」
何かの聞き間違いなんじゃないかなと思い訊き返してみるも、
「だから、ここで裸になって欲しいの……」
「……裸って、服を全部脱げってこと?」
「そう……」
今更恥ずかしくなったのか、彼女は真っ赤な顔をしてそう言った。どうやら、聞き間違いなどではないらしい。
「どうしてまた急にそんな……」
「こんなこと、美耶ちゃんにしか頼めないの。お願い!」
彼女は私の前で両手を合わせて拝むようなポーズで懇願していた。
「そう、言われてもねえ……」
美術室は二階にあるから、窓からは誰も入ってくることはない。多少暑いけれどもカーテンを閉めてしまえば中の様子は見えない。この部屋に三つあるドアのうち一つは準備室で、残り二つは出入り口、そこは今閉まっている。部屋には二人だけ、マスターキーでも使わなければ他に誰かが入ってくることはない。
とはいえ、急にそんなことを言われても……。
「今月は無理だけど……、来月なら好きなもの何でも奢るから」
さっきあんなことを言ったために、こんなことを言われる。私が欲しかったのは"もの"ではなくて"行為"だった。ただ、ちょっとした見返りが欲しかっただけ。だから、"何でも"とかそういう話ではないし、高いものをせびるつもりもない。
でも、彼女の気持ちはそれほどのものだということだ。
「うーん……」
ヌードか。
つまり、実沙は裸婦像を描きたいということだろう。そのモデルに果たして私が相応しいのかは置いといて、確かにそんなことは他の人に頼みようがない。実沙としては気心の知れた私だからこそ頼んできたのだろう。
彼女とは幼い頃はお風呂も一緒に入ったし、庭先のプールで二人で遊んだこともあった。今でも二人で温泉に行くようなことがあれば大して隠すようなこともしないだろう。まあ、恥ずかしいことには変わりはないが……、彼女の熱意に応えられないほどではない、か……。
「分かった。私が実沙のために一肌脱いであげよう。その代わり、高くつくよ?」
私がそう言った途端、心配そうにしていた実沙の顔があからさまにぱあっと明るくなって、私にがばっと抱きついてきた。
「ありがとう!私にできることなら何でもするから、遠慮なく言って!」
全く、相変わらず可愛い。こういうとこ、ずるいなと時々思う。けれども、こうしてまた負けてしまっているのだから、私も満更でもないのかもしれない。さて、彼女は何でもしてくれるらしい。それなら私も彼女を少し恥ずかしい目に合わせてみようか。
「じゃあ、描いている間、私のことを姫と呼んで貰いましょうか」
それを聞いて彼女はきょとんとしていた。……あれ、言ってしまったこっちの方が恥ずかしいのかもしれない。
「姫かあ」
そう言って小さく笑う。
「美耶がそんなこと言うなんて、安心したよ。あの頃と随分変わったって思ってたけど、やっぱり美耶ちゃんは美耶ちゃんだね」
実沙は、落ち着いた表情をしながら目だけは穏やかに笑っていた。確かに昔もこんなことを言った覚えがある。あれから色々とあったから、彼女が"随分変わった"と言うのも無理はないかもしれない。

まだ、自分の住む町の右も左も分からないような幼い頃。私と実沙は家が近く親同士の仲が良かったせいか、いつの間にか二人でいることが多かった。どうやって彼女と出会ったのかは覚えていない。記憶を探ってもどういう経緯で会ったのか分からない。ようやく分かったのは、どうも自我の目覚めるずっと前から一緒にいるらしい、ということだけだった。そんな仲だったから、私たちは二人でいることに何の違和感もなく、寧ろそうであることが自然だった。
二人がそんな関係であったある晩のこと、私が眠る際にお母さんが読んでくれた絵本がきっかけで、幼心ながら"お姫様"に憧れるようになった。それが一時のものであればよかったのかもしれないけれど、その憧れはいつの間にか夢とか希望とか理想とかいうものに変わっていた。"いつか王子様が私のことを迎えに来て、幸せにしてくれる"。私はそう信じて疑わなかった。
実沙と二人で遊ぶ時も、よく駄々をこねて彼女を王子様役に仕立て上げ、お姫様気分を味わっていた(今では性格的に逆転してしまっている感は否めないけれど)。もちろん、そんなことで夢見たお姫様になれるわけがない。だから、ずっとその影を追い求めていた。あの日が、来るまでは。

「実沙だから大丈夫だと思ってたけど、やっぱり恥ずかしい」
裸に彼女が予め用意していた大きめ一枚のバスタオルをまとって、椅子を踏み台にして上った机の上に立つ。
「さあ、姫。早くしないと日が落ちて寒くなりますよ」
言いながら彼女は必死で笑いを堪えている。くそう、結局恥ずかしい目に遭っているのは私だけだということか。実沙は、こうして私を"姫"と呼ぶことに満更でもないようだし……。
目の前には一つの椅子、そこに私は全裸となって座らなければならない。服を脱ぐ時にも確かに布一枚羽織らない格好になってはいるが、その間実沙は後ろを向いていたしバスタオルが次にあるという安堵があった。
しかし今はそうではない。一糸まとわぬ裸体をこの覚えのある美術室で実沙に対して晒さなければならない──しかも長時間!
椅子に座る前にまずはこのバスタオルをここから取り除かなければならないと思い、身体に巻かれたタオルの口を背に回るようにして開(はだ)く。狭いか広いか、背中とお尻が露わになってゆく。そこに僅かな通風があって心ばかり涼しい。私は前にタオルを据えたまま椅子に向かってゆっくりと腰を下ろす。瞬時お尻にひやっとした感触を得て僅かに立ち上がるも、今ので冷たさを心得て改めて椅子に腰を落ち着けたのだった。

それは小学校の卒業アルバムに書いた内容がきっかけだった。
私は未だに"いつか王子様が……"という思いを抱いていて、卒業アルバムにもそのことを書いた。その時はとやかくと言われることもなかったのだが、中学校にあがってから(そのメンバーは三つの小学校が集まって構成されている)とある男子が卒業アルバムが見たいと言ったらしい。周囲の取り巻きが三つの小学校の卒業アルバムを持ち寄って披露し、私の残した言葉が彼らの目に留まった。女の子なら少なからず理想としてお姫様願望というものを持っているものだと思うが、それを果たして小学校の卒業アルバムに書くかといえば話は別だった。彼らの目に留まったそれは宛(さなが)ら保育園や幼稚園のそれのようで、未だ心幼げな彼らにとってそのことは恰好のネタとなったようだった。
突然私のクラスへと入ってきたかと思えば小学校の卒業アルバムに書いてあったことを大声で吹聴し、さらにその内容を小馬鹿にした。次第に何事かと徐々に人が集まるにつれ、私の蒼白も増すことになる。書いた内容そのものがその当時に過去のこととなっているならいざ知れず、当時も同じように"いつか王子様が……"と思っていたのだから尚更だった。
その最中(さなか)、助けに現れたのが実沙だった。当時の彼女は周囲からの評判も割合よくて、一部の男子にはモテていたと記憶している。しかし誰かと付き合っていたという話は聞いたことはない。彼女は机の上で耳を押さえ小さくなっている私の頭を優しく撫でてから、私と男子たちの間へ割って入って言った。
「私も、王子様がいつか来てくれると信じているから!」
彼女が、自分自身がそれなりにモテているという自覚のあった上で言ったのかどうかは定かではない。彼らはそれでも尚私を囃(はや)し立てたが、私にとってこうして現れた実沙は"王子様"そのものだった。それからというもの、私は今までに増して実沙と一緒にいるようになった気がする。とはいえ、今度は自分がという思いもあったために今までとは打って変わって強気に振舞っていた。
一方の実沙は、何故だかすっかりおとなしくなってしまった。あの時の威勢は時折その姿を見せたものの、多くの場合は奥底に仕舞われていた。そうして、いつの間にか二人の立ち位置はすっかり逆転してしまったのだった。

木製の机の上に、木製の椅子が一つ。そこに前だけをタオルで覆い隠した私が座っている。
「……」
ここまでは訳ない。問題はここからだった。ただ、彼女にやると言った限りはちゃんとやらなければならない。場所と姿と彼女と、彼女への約束が、自分の中で押し合い圧し合いしている。
ふと顔を挙げて彼女の方へ目を遣ると、私を注視している彼女と目が合った。未だ踏み切るに至らない私を見て、実沙はにこやかに微笑んだ。
「姫、お気持ちは分かりますが、早々に脱いで頂かないと私も絵を描くに至れません」
「いや、何もそこまでしてくれなくても……」
余りに丁寧すぎるのではないだろうかと思い、そう言う。
「折角姫とお呼びするのですから、これくらいしてもよいのではないでしょうか」
「そう……?」
「いいじゃない、たまには。それより早くして下さいませんと」
「うん……」
タオルを持つ胸の上の手を僅かに緩める。白い生地の肌触りが愛しくなるも、これを退(ど)けなければ約束も果たすことができないのだ。私はそう思って身体を覆うタオルをひと思いに脱ぎ去った。

実沙に言われたように、彼女に対して斜め向きになり、遠い方の手を膝の上へ近い方の手を背面の椅子の上へ据えて、少し後ろに体重をかける形で座った。もう少し前とか後とか指示されるとどうも遊ばれているような心持ちになるけども、彼女にも思うところがあるらしい。私としては許可さえ出ればすぐにでもどちらか一方の手を胸の前に据えたい気持ちで、それを抑えるのに必死だった。
彼女は、私が一度ポージングを決めると黙してキャンバスと私を交互に見ながら鉛筆を走らせていた。
「中学校の時、私の小学校の卒業アルバムを男子が囃し立てたことがあったでしょ?」
今回はどうも顔は描かないらしいので、手持無沙汰に思い出したことを話してみる。
「……そんなこともありましたね」
描くことに熱中していたのか、少しだけ遅れて反応が返ってくる。
「あの時は助けに来てくれてありがとう」
「何ですか、また急にそんなことを言うなんて。お姫様らしくないですね」
走らせる線の音はやっぱり気持ちがいい。あの場所にどう描かれているのかが気になる気持ちが少し増す。
「いや、ふと思い出してね」
「そう、ですか」
「そういえば、あのあと実沙は随分とおとなしくなったけど、何かあったの?」
私がそう聞いた途端、彼女は急に手を休めた。理由は分からない。ただ、ここからではちょうどキャンバスが壁になって彼女の表情は見えなかった。
「いや……、何もありませんでしたよ」
何かまずいことでも訊いただろうか。
「そう」
言って、話題が途切れる。"何か"あったのは違いない。"何が"あったのか分からないけど。
もしかすると、もうこの話題には触れない方がいいのかもしれない。私がそう思っていると、彼女はふと口を開いた。
「ただ、私はあの時美耶ちゃんの前に立ったことも、今こうしてあることも、後悔してないから」
素に戻ってそう言う。その時の彼女の手は再び止まっていた。
「うん……」
あまり上手いことは言えない。彼女が私のことを思っている、その実感を得てこの胸に仕舞うだけで精一杯だった。
……そう思って、また感じる。それにしても恥ずかしい。

「これで、いいかな」
しばらくの間をおいてから少しだけ筆を走らせた彼女は、そう言って立ち上がった。
「お疲れさま。ありがとう」
言いながら、彼女は描いた絵を机の上に伏せてこちらへと歩を進める。私がようやくと片腕で胸を覆いながら立ち上がって、足元に畳んだバスタオルに手を伸ばすと、
「あっ、まだちょっと待って」
と、静止して私が座っていた椅子のある机へと上ってきた。そうして次第に私に近づいてくる。
「……」
彼女は何も言わない、ただ近づいてくるだけ。
「なっ、何?」
その彼女が私の前に立つか立たないかくらいの距離で、私はその妙な威圧感にたじろいで半歩下がる。下がったその半歩の間を諸共せず間を詰め、真ん前に立つ。その距離に異様な感覚を覚え、もう半歩後ろに下がろうとしたところで止められた。
彼女の両腕によって。
そう、つまり彼女は、一糸まとわぬ私に沈黙のまま抱きついてきたのだ。
「えっと……、いきなりどうしたの?」
私より少し背の低い彼女の頭が私の目下(めした)にある。ふんわりとした服の感触が私の肌に直接触れている。僅かに冷たい彼女の手が私の背に当たって冷やりとしていた。
胸と胸の前に据えられた腕が些か苦しいので、ぎゅっと抱きついている彼女との間に少しだけ隙間を開けてそこから引き抜く。途中彼女の胸に図らずも触れてしまうも、それでも彼女は未だもって何も言わなかった。
「……私も、抱きしめていい?」
私が敢えてそう問うと、彼女が僅かに首肯した気がした。はっきりとそうだと分かったわけではない、ただ横に首を振らなかったことだけは確かだった。
私は何も言わずに彼女の背に腕を回して、その背を包み込むように抱く。彼女は依然として言わず動かず、ただこの場で私に抱きついているだけだった。

そんな状態でしばらく彼女が何か言うのをじっと待っていると、突然彼女の体重が私にかかってきた。私が慌てて後ろへ一歩下がって彼女を受け止めると、立て直したのかかかる体重が幾分かましになった。それに対して私がほっと一息吐いた後で、彼女は徐(おもむろ)に顔をあげて言った。
「うとうと、しちゃってた……」
そういう彼女の顔は私の間近にあって、少しドキドキしてしまう。同性ながら、とろけた目と口元が何とも可愛い。そうして、何を思っているのだろうと我に返る。
「その──」
この状況で言葉に困り、ただそれだけを言う。彼女はまだ私を見ていたけれども、私はその彼女を見れていなかった。
「うん……?」
未だ寝ぼけた声と雰囲気でそう返って来る。その顔は見れなかったけれども、きっと可愛いに違いない。
「どうして急に、抱きついてきたの?」
続きに困って、さっき浮かんで訊いた質問を再びしてみる。何故だか今度はちゃんと答えてくれそうな気がしていたから。
「うん……、えっとね、美耶があの時のこと、負い目に感じてるんじゃないかなって……」
中学校の折、彼女の様子が変わったことは感じていた。でも、それがあの時のことで何かがあったいう風とは結びついていなかった。
今思えば、確かに彼女はあのことがあった前後でこそ変わっていた──。
何かあったのだとすれば恐らくあの時の男子たちなのだろう。ただ、だからといって私が負い目を感じるなんてことはない。感じれば、それは卒業文集に書いたあの記述を肯定した彼女を否定することになる。だから、恨むなら私自身じゃない、あくまで彼らだ。
負い目に似たようなことを思うなら、そのために強くなった、いや強く振舞うようになったことが、彼女を守るために活かされず悔しいということか。いや違う、あれは彼女を守りたかったのではなくて、彼女に守られたく守らせたくなかったからだった。彼女のことは幼馴染として親友として好きだったけれども、ずっと頼りっぱなしだった。だからこそ、そうしなくてもすむようにしたかったからだ。
いや、でも待って、何かがおかしい。今彼女がこうしていることの理由が"負い目に感じていることを気にして"ということだとしたら、彼女はどうして私がタオルを手に取る前に制止したのだろうか。
「理由は、それだけ?」
私がそう聞いてからの彼女には先ほどのような眠気は見えなかった。ちゃんとその眼に私を据えている。
「……美耶ちゃんには隠せないね」
そう言って彼女は抱きついていた私から一メートルほど離れた場所に立って、机の上に置いてあったタオルを拾い上げて私に渡した。私はそれを受け取って身体に軽く巻く。
「ありがとう」
「うん」
彼女は嬉しそうにそう言う。でも、それと同時に何処か淋しそうにも見えた。
「私ね、美耶のこと、ずっと好きだったの」
「えっ……」
「ごめん、ちょっと冗談言ってみたかっただけ」
彼女が言ったのは、私が彼女の言葉の意味を考える前だった。少しだけ、少しだけだけど、何かを期待したのが馬鹿みたい。
「美耶ちゃんのことは好きだよ、親友として、幼馴染として。幼い頃からずっと一緒にいたんだもの、美耶だって分かるよね、この気持ち」
「うん。でも、だけどどうして?」
「本音を言えば、中学校のあの一件のあと、美耶がだんだん私から離れていくような気がして少し淋しかったの。でももう分かったからいいの、美耶はまだちゃんとそばにいる。でなきゃ、わざわざ脱いでくれたりしないもんね」
言って、彼女ははにかんで見せた。まるでその目に湧いたものを隠すかのように。
「ごめんね。ぐすっ、美耶の気持ち、試すようなことしちゃって……」
そうして彼女はその場に泣き崩れてしまった。そういうことか。まったくもう……、可愛いんだから。

その数日後。私は再び彼女に呼ばれてあの美術室にいた。
「もう一度、美耶ちゃんの絵を描きたいの。今度は、これで!」
そう言って彼女が大きめの紙袋から勢いよく取り出したのは、まるでお姫様が着るようなフリフリのついた純白のドレスだった。
タイトル
小説
トップ