Bright 輝き

Be on tiptoe with expectation to be bright...(点滅するのを今か今かと待ち侘びて)

夏の喧騒も止む暮れの頃、些か気の早い虫たちの時間が来る。
街は穏やかに暮れ泥(なず)み、今日もいつもと変わらない夜が来る。
多くの人にとってはまさにいつも通り繰り返す夜に違いなかったが、この冷房の程良く効いた一室の、ベッドの上で悶々としている年の頃十七、八くらいの彼にとっては、今がまさに決戦前夜である。翌日の早朝から予定を控える彼は無論早く寝なければならないと自覚していたが、未だもってあの人も起きているだろうという憶測の中、手に一つ携帯電話を握り、その画面を凝視していた。

ここ数時間、お風呂に入り、夕食を終え、歯磨きを済まし、もはや今晩これ以上何も食べまいと思った後に、自室へと戻り、部屋に唯一在る机の上に鎮座する目覚まし時計にセットされた起床時刻を改めて確認し、アラームがセットされているかどうかも三度(みたび)確認し、ようやっとベッドの上に腰掛けるものの、用を足すのを忘れたと慌てて立ち上がり部屋に戻ってきた後、もう一度ベッドの上に居戻った。
その様、落ち着きのないことこの上ない。
そうしてAC電源に繋がれた携帯電話を見て、ランプの何一つ光っていないのを些かの安心と一抹の不安の中において、酷く大切そうに手元に寄せた。
それを黙って一度(ひとたび)胸に抱えてから、手元に戻してそっと開く。画面上の通知アイコンを眺め、電話やメールの通知がないことを改めて確認してから、ため息を一つ吐(つ)く。どうやら誰からか連絡があるのを待ち侘びているらしい。
幾らか逡巡した後にキーを操作して受信メールの一覧を開き、順々に過去へ遡ってゆく。頭の中を想い出が巡っていくのを噛みしめながら、彼は明日(あす)為すべきことを反芻(はんすう)していた。
それからふと思いついたかのように新規メールを開き、宛先を指定する。食い入るように眺めた中からある女の子の名前を探し、見つけ、少しだけときめく。これを何度繰り返したことだろうと想うと同時に、これから先もこうできるのだろうかとも、彼は思う。
本文に短く、こう打ち込んで、

明日は宜しくお願いします

眺め、少しだけ考えて、これでは硬すぎると慌てて消して修正するに、

明日はよろしくね♪

いや、でも。
そうしてまた、少しだけ考えて消す。彼はこんな作業をもう二十分と続けていた。この間(かん)、ベッドの上をごろごろと往復すること、五度(いつたび)。夏の夜空もすっかり星が瞬く頃合いだった。
目覚ましのけたたましい音が部屋に響き渡り、彼は瞬時に覚醒して鳴り響く時計を止めた。無事に目が覚めたことに安堵して、それでも二度寝をしないようにしないと、と心の中で強く唱える。
外では雀が鳴いていて、空もよく晴れていた。そんなデート日和。彼は今日も暑くなるだろうなあなんて思い、部屋が涼しいことに気がつく。それも当然、エアコンにタイマーを設定するのを彼はすっかり忘れていたのだった。
「やっちまった……」
声に出してそう呟いて、彼はリモコンの元に向かおうとした。その時、ふと目に入った携帯電話のランプが点灯していることに気が付き、彼の胸は瞬時に高なった。
その場から一気、行き過ぎるほどの勢いで携帯電話を掻っ攫い、繋がれたAC電源のコードが引き千切れんばかりの勢いで手元に引き寄せ、そのまま反対側に折れ曲がってしまうのではないかという速さで開く。通知にはメールのアイコン、これはまさに昨晩の返信では! と塗装の禿げるようなタッチでメールを開く。そしてそこにあったのは──

メルマガ

その愕然としたるは、さながらテストで赤点を取ってしまった時のようだった。彼はそのままベッドの上に突っ伏し、どうしてメルマガなどにこれほどにまで心踊らせたのかと項(うな)垂れた。
「何やってんだ、俺……」
とりあえず準備をしようとようやく立ち直り、ベッドから俯せになった上体を起こした、その時、携帯電話のバイブレーションが音を立てた。
どうせまたあいつが「今日暇〜?」だのなんだの送ってきたのだろうと、彼はそれがこのメールが彼女からのものでなかった時にがっかりしないように予防線を張っているのだと分かりつつ、そっとメールを開く。

おっはよ〜!
今日はよろしくね☆
楽しみにしてるよ♪

それを呆然と眺めること、数秒──
「っ、よっっっっっっ、しゃーーーーーー!」
そして胸元でガッツポーズ! そのままベッドにダイブ! 高まる鼓動がドッキドキ!
「もう、お兄ちゃん、朝からうるさい!」
ノックもなしに部屋のドアを勢いよく開けて妹が怒るもなんのその、彼はしばらくベッドの上でのたうち回っていたのだった。

階段を降りる音は、さながら音楽を奏でるかのようで。来たるべきときに、言うべき台詞を如何に言うべきかなどと、そんなことは、今はまるで頭になく。ただ、この誘いがそれなりに彼女にとって意味を持っていたのだということを、心で確かめ嬉々として。
軽やかにドアを開けて、一言。
「いってきま〜す」
繰り返す、でも彼にとって特別な日が、始まる。
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