雪の契約
「私の分は書いておいたから。あとはあなただけよ」 彼女はそう言って一枚の紙を差し出した。 「ああ……」 今更後悔したところで仕方がない、もう何もかもすんだ後なのだから。 でも、もし最後に一つだけ許されるのだとしたら……。 「最後に、芽実と二人で行きたいところがある」 芽実は、私と彼女のたった一人の娘だった。これまでは。 ここに名前を記して役所に届けた後、親権は彼女にある。 「そう。いいわよ、いってらっしゃい。……そのまま連れ去ったりしないでね」 彼女との関係は既にそういうものだった。 今更その言葉にどうこうと感じることはない。 ただ、"今は愛していない"といえばそれは嘘になる。でも、もう還ることはないのだ。 だからせめて、二人に愛があった証、芽実だけは手放したくなかった。 それももう、叶いはしないのだけど、最後に一度だけ……。 そう思いながら、私は彼女に自らの名前と捺印を加えた紙を返した。 |