25階、展望バーにて


仙道は流川が帰国していたことを本人に聞くまで知らなかった。
というか、連絡をくれたこと自体、仙道にとっては驚きだった。
連絡先すらお互い知らなかったのに。
ここ15年一度も連絡もなかったのに。
流川とはとりとめて仲が良かった訳でもなく、とりとめて仲も悪くもなかった。
それでも、連絡をくれたことは嬉しかった。
この年になるとどうも懐古的で、昔の知り合いとは思い出が語り合えて楽しいものだ。
待ち合わせ場所は流川が泊まっているというホテルのバーに22時。
電話でホテルの名前を聞いて驚いた。
ここらで一番高級なホテルじゃないか。そんなに流川は出世したか。
だから、久しぶりに紺色のダブルのスーツをクローゼットから出すはめになった。
そして黒革の靴。髪はオールバックなんかにしたり。
思いっきりよそいきの格好で、外を歩くのも少し躊躇った。

待ち合わせのバーは半円の形をしていて、円周は全てガラス張り。
それを取り囲むようにテーブルが置かれて夜景を一望できるようになってる。
15年も会っていなくて顔が分かるだろうかと危惧していたが、その心配はなかった。
カウンター席の後ろ、2人用の円卓に流川は座っていた。
流川の顔は、そりゃ少しは老けていたが相変わらずきつい顔で15年前を彷彿とさせる。
顔を見た途端、仙道は笑い出してしまいそうな愉快な気分になった。
「遅れた。悪い。」
そう言ってから、イスに座るが。
「..................。」
「あの、流川だよな。」
「そうに決まってるだろ。」
ああそうだったそうだった、と仙道は思いだす。
無口らしいが負けん気が強くて、思ったことがすぐ口に出るタイプだった。
あのIH前の試合でもスコアボードをわざわざ指差したりしたり。結構覚えてるなぁ俺も。
「あたま。」
「?」
「いや、最初分からなかった。」
「あぁ。これ。もう若くないから。」
みんなに言われる、と苦笑いをして髪の毛を手で梳いた。
「(別に若さは関係ないだろう)」
「俺もなにか頼むか。」
流川はブルーハワイのような青いカクテルを頼んでいた。
カクテルにはあまり詳しくないので名前の語呂だけで頼んだ。

「それにしても。久しぶりだ。」
「あぁ。」
「なんか、話しあるんだろ。わざわざ呼び出して。」
「....今、仕事なにしてる。」
「あー.......と。雑誌の編集を、ちょっと。」
「(なんで照れるんだ)」
一応、ふーんと返事をした。
「.......実は、雑誌で、お前の特集したことあるんだ。知ってたか?」
「いや知らない。」
「あ....そうか! 知らなかったかー。」
よかった、と仙道はあはあは笑った。
流川はアメリカでやはり素晴らしいプレイをした。
ベンチ入りすら出来ない時期もあったが、日本人プレイヤーとして本場進出という快挙だけでそれは賞賛に値する。
なので、流川に関する記事を書くとなると褒め言葉ばかりだった。
それをもし流川に見られていたら、いたたまれなくてこの場から俺は逃げ出すねきっと。
「まぁ、なんだ。やっぱりお前はすごいよ。」
記事の内容を思いだし照れ隠しに微笑みながら、仙道はカクテルを飲み込む。
一連の動作を無言で見つめていた流川もカクテルを飲み込んだ。
「それで、バスケは?」
「してたよ。」
「今は、してないのか。」
「大学の時に日本代表に選ばれて、それ以来。」
「......なんで?」
「実業団に入ってバスケも出来たけど、なんかね。しっくりこなくて。
 俺の限界だったのかもしれない大学が。」
「........。」
流川は黙った。早すぎる限界だ、と思っていた。
仙道はバスケバカの流川にとって自分の決断は理解しがたいんだろう。
今も本場にいる奴は。なんて、自分を嘲笑していた時だ。
「俺、バスケ辞める。」
流川は高校時代の時のように真摯に仙道を見たまま、言った。
「え。ほんとか?」
「あぁ。」
「初耳、だ。」
「初めて言った。」
流川がとても冷静でいるので、
仙道も衝撃発言をくらって頭はエクスクラメーションマークでいっぱいなのに冷静だった。
「それにしてもなんで?」
「.....お前のいう限界、ってやつだろ。」
帰ったら正式に発表する、とまで言って流川はカクテルを飲み干したあとに話しだした。
引退したらバスケの指導者になる。
日本には帰らずこのままアメリカに永住する。
締めくくりに、引退宣言後に結婚する、と。
「そうか、おめでとう。」
仙道は優しく微笑み、グラスを流川へと突き出す。
結婚なんてもうこりごりで、一生独身を決めた男の祝福は嘘くさいに決まっている。
それでも流川は嫌な顔一つせず、無論無表情のまま空のグラスで乾杯した。
「奥さん、大事にしろよ。バスケみたいに単純じゃないぞ結婚は。」
「わかってる。」
事前に連絡をとっていた湘北での飲み会でこのことを言ったら、
同じようなことを三井や彩子に再三言われたので流川はうんざりといった風に答えた。
「..........。」
「..........。」
「今日はアンタに聞きたかった。」
流川は頬杖をついて夜景を見た。
「もし、アンタがまだバスケ続けてたら俺もまだ続けてたかもしれない.......。」
でも、仙道はもうとっくにバスケから離れていて。もう高校時代の面影はなくて。
それでたった今決心がついた。
「それでも、明日も誰かがあの時の俺らみたいなバスケしてる。」
流川にしてはえらく情緒的な台詞に、仙道が思わず流川を見る。
見られていることを分かっていたから、流川は意地でも仙道とは顔をあわさない様にしていた。
「流川。お前、酔ってるな?」
「.....かもな。」
ガラスに写った仙道の顔に向かって言う。

「でも、多分、酔ってねーよ。」




---
これでもし流川の相手が男(アメリカだし)だったら、さぞ面白いことになるだろう!

仙道さんが編集してるのは弥生さんのことが伏線にあったりしたり。