ドイツ脱原発の連邦憲法裁判所判決についてのドイツDie Weltの論評

ホ−ム>>資料>>判決 更新日 2016/12/12

   
「原発に関するドイツ憲法裁判決( 訳注1)がなぐさめに過ぎない4つの理由」( ドイツ・ヴェルト紙 2016年12月7日)

https://www.welt.de/wirtschaft/article160034791/Vier-Gruende-warum-das-Atomurteil-nur-ein-Trostpreis-ist.html

翻訳:朴勝俊(2016年12月8日)

 原子力発電会社は脱原発に伴う損害賠償が受けられる。しかし、その金が本当に支払われることになるかは全く定かではない。カールスルーエ連邦憲法裁判所の判決は気をつけて喜ぶべきである。

 ドイツの原子力発電会社の株価が高騰したので、カールスルーエ連邦憲法裁判所は多くを語らなかった。誰かが数ページの判決文を読んでその雰囲気をつかむ前に、E.ONやRWEの株価は最大7%も上昇し、ドイツの株式市場のなかでは最大の上げ幅を記録した。
 コンピュータ化された株式取引アルゴリズムは、判決文にある「賠償(Entschaedigung)」という語に反応し、巨額の買い注文を行ったのであろう。その賠償額は190億ユーロ程度だとされる。これは、未確認情報によれば、2011年の福島事故後に脱原発の加速を決めた連邦政府に対して、四大電力会社が要求した金額だという。
 しかし、熱狂的株価はまもなく失望に変わるかもしれない。賠償額は最大でも、低い意味での数十億ユーロ程度にとどまるとも言われる。なぜなら、裁判官が判決理由の要約版のなかではっきりと、原子力発電会社が賠償を要求できる範囲はきわめて限られていると述べているからである。金は支払われるのか、支払われるとしたらいつ、いくらなのか、それはまた政治の綱引きにゆだねられる。数十億ユーロのうち大部分は、大電力会社に支払われずに終わるかもしれない。それには4つの理由がある。

1.原発の閉鎖は財産の没収ではない
 憲法裁判所は福島事故後の脱原発政策の加速は、基本的に合憲だと述べた。確かに福島事故後8基が即時に閉鎖され、結果的に発電量が制限された。しかし、これは「財産没収」であるとの大電力会社の主張に反して、裁判官たちははっきりと、「法的に言えば、国家がなにかを物理的に奪い去った時にのみ、財産没収となる」と述べた。本件はそういう状況ではない。「国家は発電の免許を制限したにすぎない」。つまり裁判官によれば、連邦政府は財産権の「制約」を示したに過ぎず、またそれは基本的に原子力に対するきわめて強い「社会的懸念(Sozialbezug)」の現れである、というのである。  この解釈によって連邦政府は、脱原発法そのものが違憲であるとされる「最悪のケース」を避けられた。もし違憲なら、2011年の脱原発法( 訳注2)をすべて白紙にもどし、ゼロから新たに立法し直さねばならなかったであろう。そしてこの場合には、大電力会社は遙かに強い要求の根拠を持つことになったであろう。

2.「裏切られた投資」はごくわずか
 しかしながら、原子力政策が右往左往した( 訳注3)ことで、損害が発生したこと自体は裁判官たちも認めた。確かに、アンゲラ・メルケル首相(CDU)の内閣は2010年末に、原発の寿命を平均12年ひき伸ばすという決定を行った。福島事故によってこの決定が覆されたのはわずか4ヶ月後であり、これによって脱原発の加速という正反対の方向へと舵が切られたのである。
 連邦政府が考え方をこれほど短期間に根本的に変えたことについては、裁判官は容認している。確かに福島事故によってドイツの原発の実際の安全性には全く変化はなかったであろう。しかし、「新たな危険性が認められないとしても、リスクに対する人々の意識が変化した」だけで、このような政治的な方向転換は正当化されるというのである。
 だが連邦政府は政策転換の結果に責任を負わねばならない。約束の寿命延長を信用して行われた投資については、連邦政府は大電力会社に賠償せねばならないと、判決には明記されている。しかしその期間はきわめて限られている。原発の寿命延長が連邦議会によって可決されたのは、2010年12月8日のことなのである。
 これをすべてひっくり返す「原発モラトリアム」が行われたのは、2011年3月16日のことである。したがって、「裏切られた投資」として大電力会社が賠償を請求できるのは、この3ヶ月半の間に行われた投資に限られる。そうなれば、金額はごく限られたものとなるだろう。E.ON自身が、原発の寿命延長のために「数億ユーロ」を投資したと述べている。それは、数百億ユーロと比べれば桁違いに少ない額である。

3. 残余発電可能量の価値は減っている
 判決によれば、大電力会社への損害賠償にはもうひとつの根拠が認められる。2002年の脱原発交渉で、既存の原発で発電してもよい「残余発電可能量」を、連邦政府が電力会社に認めたことである。この量は古い原発から新しい原発へ移転してもかまわないとされた。
 福島の事故のあと、この方式に決定的な変化があった。残余発電可能量は引き続き存在するのに、8基の原発が即時に閉鎖され、残り9基に明確な閉鎖期限が定められた。RWEとヴァッテンファルにとって、もはや、連邦政府が認めた残余発電可能量ぶんを、実際に発電できる可能性は完全に無くなってしまったのである。裁判官の判決によれば、この発電量について、連邦政府は何らかの形で損害賠償をせねばならない。
 RWEにとっては、ミュルハイム・ケルリッヒ原発とビブリス原発に比較的大きな残余発電可能量がある。ヴァッテンファルは、クリュメル原発とブルンスビュッテル原発の100テラワット時相当の発電ライセンスをもはや利用できない。問題は、その金額をいくらと見積もるかである。福島事故の起こった2011年には、電気の販売価格はメガワット時あたり60ユーロ[1ユーロ120円として約7.2円/kWh]であった。
 しかし、現在では電力卸売価格は半分に下がっている。そして連邦政府は、損害賠償額を算定するさいに、この価格下落を「適切に」考慮することができる。結局は、ヴァッテンファルやRWEにとって、低い意味での数十億ユーロ程度の金額にしかならないであろう。また、E.ONはヴァッテンファルのクリュメル原発やブルンスビュッテル原発に出資しているので、損害賠償額が支払われたら、その一部を要求できるかもしれない。

4. 脱原発の資金についてはさらに政治的交渉が可能
 裁判官たちは連邦政府に対して、直接に損害賠償を支払えと命じたのではなく、脱原発に際して再び「合憲状態」を作り出すように求めている。そして連邦政府には2018年半ばまでの時間が与えられた。この求めに連邦政府がどんな形で対応するのかは、今のところ何も決まっていない。今後つくられる「賠償法」に大電力会社が不満ならば、新たな裁判を起こしてもよいが、それは結果の見えない争いを再び何年も続けることにつながる。
 結局は、この憲法裁判決は、脱原発の資金に関する政治的交渉の再開を促すことになるかもしれない。これに関連して、連邦政府が最近ひとつの法律を可決している。それによれば、連邦政府は核廃棄物の最終処分と中間処分を担当し、大電力会社は原発の解体を担当する。
 しかしながら、大電力会社は最終処分と中間処分のための引当金の大部分を、公的基金に支払わなければならない。カールスルーエの判決によれば、その支払い額も、改めて議論の対象になり得るという。
 なぜなら、連邦政府が大電力会社に対して、引当金に加えて、60億ユーロといういささか恣意的に見積もられた金額を「リスク調整額」として最終処分基金に払い込むように規定したからである。大電力会社は、「リスク調整額」について割引してもらえるならば、連邦政府に対して損害賠償分を断念してもよいという提案をするかもしれない。
 脱原発資金がこのように合意に至るかどうかは不明である。与党のなかでは、そのような合意への希望は強くなさそうである。例をあげれば、「廃棄物処分や原発解体に関する現行の立法手続きは、判決の影響を受けない」と、CDU/CSU(保守党)連邦会派のエネルギー問題相談役であるトマス・バーライス氏は述べている。  なぜなら彼も、裁判の結果として生じる損害賠償額が大きな金額になるとは考えていないためである。「大げさな議論をすべきではない」とバーライスはいう。「多くの予言者がいう金額に比べて、それは遙かに小さな額になると、私は確信している」。

(訳注1) 原子力発電所の運転停止を命じられた電力会社3社が、連邦政府に損害賠償を求めた裁判における、2016年12月5日の判決。
      賠償を命じたが、額は明示せず、適切な賠償を議会が18年末までに定めることを述べた。
(訳注2) 2022年までの脱原発を定めた第13次原子力基本法の改正など7つの法律が2011年7月に定められた。
(訳注3) ドイツの社会民主党と緑の党の連立政権は、2002年に、2022年までに原子力発電をやめることを定めた。
     しかし、脱原発に消極的なメルケル政権は、2010年12月に原発の寿命を14年間延長することを決めた。
     ところが、福島事故を受けて、メルケルは、2011年3月15日には、1980年以前に建設された原発8基の停止を決定を命じた。