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2001年3月23日 「春の新世界」



 ネコヤナギの綿毛が光に戯れ、もう春の暖かさだ。春の彼岸なので、天王寺の一心寺へ出かけた。15年前、父の骨を寺に預けた。寺は10年に1度、預かった無数の骨を集めて骨仏を造る。父の骨は既に骨仏になっている。ロウソクと線香を立てて骨仏に拝む。「いい漫画を描けますように、お護り下さい」その他あれこれ。
 寺の境内には酒封じの神様・本多出雲守忠朝の墓がある。
その墓を囲む土塀には、ズラリと酒封じ祈願のシャモジが吊るされている。アル中のオッチャンが書いた「酒を絶てますように。母ちゃん、花子、春夫、苦労かけて堪忍してな」や、アル中の家族が書いた「お父ちゃんのアル中が治りますように。もう辛抱たまらん」や、行方不明の身内を案じた「あの人の無事を祈ってます。酒に溺れて死んでませんように」など、シャモジに書かれた文字を読むのは、実に笑えて泣ける。
 その一心寺から3分も歩けば新世界や。新世界のシンボル通天閣がそびえ立つ。通天閣を南へ少し歩けばジャンジャン横丁。将棋をする店や串カツ屋や立ち呑み屋が、かろうじて横丁の名残りを遺している。廃業してシャッターを下ろしたままの店も目立つ。都市開発で肩身を狭くした横丁は、吹けば飛ぶよな風情だ。それでも威勢のいいオッチャンの声が聞こえてくる「王手!」
 ジャンジャン横丁からさらに南へ歩くと飛田(トビタ)の商店街。商店街から右へ歩けば釜ケ崎。商店街のすぐ左は飛田遊廓。飛田遊廓は旧赤線地帯だが、今でも公然?と営業してる。私の友だちのF君が若い頃、飛田遊廓へ女を買いに行った。部屋に通されたF君は緊張と興奮でいっぱいだった。年上の女がF君に座布団を差し出して言った。「兄ちゃん、大きいモン見せて」F君は座布団に座らず突っ立ったまま、張り切ってズボンを下ろし、大きくなった一物を女に見せた。女は眉間にシワを寄せて言った。「あんな兄ちゃん。大きい金を見せてくれと言うてるねん」残念ながらF君は五千円しか持っていなかった。五千円札を受け取った女は「小さい金しか持ってへんのか。そしたら20分や」20分で事を済ませたF君は、トボトボと飛田遊廓を後にした。らしい。
 飛田遊廓は、大正時代からの古くて立派な建築物が並んでいたが、年々ポツリポツリと消えてゆく。飛田遊廓をブラブラ歩いて、またジャンジャン横丁へ戻り八重勝に入った。女一人でも気楽に入れる串カツ屋だ。串カツと生ビールでほろ酔って外へ出ると、夕暮れのひんやりとした風が吹いた。天王寺駅までの道沿いには、延々とビニールシートの屋根が並ぶ。路上生活者たちの夜は、まだまだ寒いだろう。夕焼け空に、通天閣の灯が点いた。明日はもっと暖かくなりますように。

2001年春の彼岸 うらたじゅん




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