虹のしっぽ

 見慣れた筈のいつもの空に、大きくかかる虹の橋。
 空のみ上げることのない毎日、カラスを視線で追いかけるその先に、淡く光る光の帯。

 良太はその光の帯をじっと見上げていた。
 ビルの谷間を縫うように、街から街へと掛けられた橋。
 「あの下はどうなっているんだろう・・」
 子供のころ、虹の始まる場所を探し、自転車で追いかけた時のことを思い出した。
 虹のしっぽを捜し求め、隣町まで追いかけていったあの日、見つける事が出来ないばかりか、迷子になり母親が探しにきたこと。
 こんな事を思い出すのも何十年ぶりだったろうか。
 暫く、虹を見上げていたが、サイフの中身を確認するといつもとは違う駅へと歩きはじめた。

 いくつかの電車を乗り継ぎ、見慣れる街並が車窓に現れてては流れる。
ビルの輝きに虹を時折見失いながらも、淡い光はずっと良太の目に映っている。
 車窓に写る自分の姿に、遠く昔の姿が重なって見えた気がした。
 「どうして虹のしっぽをみつけたかったのだろうか?
  そこには何があるのだろうか?」
 その答えは見つからず、いつしか忘れ、そして過ぎていった。

 街の風景は移りゆくが虹の光は変わることはない。
 この電車が無かった頃も、この街が田園だった頃もずっと同じだっただろう。
 虹を追いかける良太は、目印にしていたビルの位置と、虹の場所が近づくほどに変わることに気づいた。
 「虹って見る方向が変わると、場所が変わるものだったんだ。」
 昔とは違い、自転車では到底追いつけない速さで虹を追いかける良太。
 その力を持ってしても、未だ虹のしっぽにたどりつけずにいる。
 混み合った改札を抜け、階段を駆け降りると目の前には目印にしていたビルがそびえ立 っている。
 しかし、その町並みには見覚えがあった。高校時代に通学していた道だ。
今では買い食いしていた店も、立ち読みをした本屋も、何かと理由を付けて入り浸っていたゲームセンターも無い。
 駅舎も建て替えられ、随分様変わりしていた。
 所々に記憶の断片を残した風景は、頭のなかでジグソーパズルの様に組み合わされ、その中に大空にかかる虹を見上げる自分の姿が見えた。
 「そういえばこの頃も、虹を追いかけていたな。」
 あの頃、虹を見た場所と同じ場所で見上げる空。
 今の虹は遠く、その頃よりはるか遠くに出来ていた。

 再び電車に乗ると、地下鉄を乗り継ぐ。
 つかれた大人がうつむき加減で混み合う電車内。
良太の顔だけは昔の子供のころ、まだ明日が待ち遠しい頃の顔に戻っていた。
 その当時はまだ路線が繋がっておらず、何度か足を運んだものの、いつも日が暮れてしまっていた。
 地下鉄の階段を息を切らせて登り、道路を渡ったその先にある場所。
 小学生の頃だっただろうか、確かこの辺りに住んでいた。
 この公園で暗くなるまで遊んでいたものだった。
 公園の姿は見覚えが無いほどに変わってしまっているが、ここから見える山の形は昔と変わらなかった。
 まるで人が居眠りしているように見える山。今ではその麓まで住宅が出来ていて洒落たチェック柄の服に衣替えしたようだ。
 公園を散策し、ある場所で止まった。
 辺りを見回し、記憶に重なる風景を探す。
 「そういや、この辺りだったな。」
 大きな楠木があったこの場所、遅くまで遊んでいた良太を迎えにきた親父が話してくれた。
 『虹のしっぽの下にはな、ずごい宝物が埋まってるのだよ。みんな探しに行くけど、誰一人見つけたことがないんだ。
』  この話を聞いてからだった。虹が出るたびに、そのしっぽを探したのは。
 そして、今も・・・
 気づけは空にあった虹は消え、辺りは紅く染まる。
 影は長く延び、公園には人の姿も絶え絶えとなる。
 結局、虹のしっぽは今
回も見つけることは出来なかったが、忘れていた何かを思い出し
た気がした。

(ミルさん、Matsuco。 さん画像ありがとう。)

 帰りの電車の中、良太は帰ったらこの小さな冒険を話してやろうと思った。
 目の前に浮かぶ子供たちの顔。
そして虹お話をしてくれた親父。
 虹を追いかけ、迷子になった良太を探しにきてくれた母親。
 結婚前、何気ない会話の中で虹を追いかけている事を話したとき、
 それを笑わずに黙って頷いてくれた妻。
 そんな人の事を指折り数えていたら、ふと小さな笑みが溢れた。
 「なんだ、虹のしっぽはこんな所にあったんだ。」
 良太が家に帰るその足取りはいっそう軽くなった。