【寄稿】

在日同胞社会の真の解放を目指して
−5.17声明をめぐる騒動から見た在日同胞社会の過去・現在・未来−

高 銖 春(コウ・スチュン)

□はじめに

 在日同胞が歩んできた歴史は、日本による植民地支配から100年、また1945年の解放からすでに60年以上の歳月が経過した。祖国で生まれた1世は10%をゆうに割り、いまや3世・4世という世代が中心をなしはじめている。また在日同胞と良心ある日本人とのねばりづよい取り組みによって、差別が是正されながら、在日同胞の社会進出は大きく改善されていることも事実だ。
 世代交代、そして社会進出の拡大は、直接的にではないにしろ、在日同胞と祖国との距離を広めており、とくに若年層は、祖国・民族と自己との関係に積極的な意味を見出すことができないまま、祖国や民族と距離を置いた「在日」というアイデンティティをもつ傾向にある。
 そのような中、在日同胞と祖国・民族とは現在もなお太いパイプでつながっていることを明らかにする事態が起きた。それが昨年5月の在日本大韓民国民団(以下、民団)と在日本朝鮮人総聯合会(以下、総聯)との和解発表であり、その後の混乱状態だ。
 昨年5月17日、民団の当時中央団長である河丙ト氏を筆頭とする代表団が、総聯中央本部を訪問し、長年にわたる両団体の対立・対決に終止符を打ち、和解・和合を確認する共同声明を発表した。このニュースは、日本のTVや新聞など幅広いマスコミで報じられ、民団団長と総聯議長が握手をする姿に、在日同胞社会は大きな喜びと感動に浸った。
 ところが、その喜びも束の間、文字通り共同声明のインクも乾く前に、和解・和合情勢は窮地に直面することになる。アメリカや日本の当局が直接介入に乗り出したのだ。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)に対するバッシングを彷彿とさせる過激な報道が、民団へとその矛先を変えるなか、民団系同胞に混乱と脅威を与え、民団組織内部の守旧保守勢力をして5・17声明を破棄させようと画策した。
 日本の植民地支配によって産み落とされ、東西冷戦を背景にしたアメリカの対朝鮮半島政策によって、解放民族としての生を享受することができなかった在日同胞が、ふたたび米日の利益のために犠牲となってしまったのだ。
 昨年の5・17共同声明をめぐる騒動−これはいくら離れたいと努力しても、全朝鮮民族の運命と在日同胞の運命とがつながっていることを示した事件だといえる。
 本稿では、昨年の騒動を中心に、在日同胞の過去と現在を再検証し、進むべき未来をできる限り明らかにしたい。

□5・17共同声明の意味

 昨今、在日同胞社会は困難な状況に直面している。1995年以降、在日同胞の帰化者数は毎年1万人前後を数え、2003年には1万2千人に迫る勢いだった。また日本人との結婚の増加により、ダブルの子どもたちが増加しつづけている。87年の国籍法改正によって父系血統主義から父母両系主義へと移行したが、「国籍=民族」との誤った認識が「常識」と捉えられている日本社会では、日本国籍をもつダブルの同胞の増加は、すなわち「日本人」としてのアイデンティティしか保持しない同胞の増加を意味する。結果、「韓国籍」「朝鮮籍」を有する同胞の数は年々減少し、とくに青年層における減少は顕著である。
 2005年末現在、青年層と言える15才から34才の同胞数は合計で17万2217人である。ところが10年後の青年層を、現在の5才から24才の同胞がそのまま年を重ねると仮定して展望してみると、10万4170人(約40%減)にまで減少する。15年後で計算すると7万5687人(約55%減)にまで減少する。もちろんこの中から帰化する人が相当数いると考えられるため、実際にはさらに低い数値になると展望される。
 国籍を保持することだけが「民族を守ること」には当然ならないため、純粋に「国籍保持」のための努力は必要ないが、日本社会への同化・帰化によって「韓国籍」「朝鮮籍」をもつ同胞が減少している状況には歯止めをかけなければならないだろう。またダブルの増加は、朝鮮半島にルーツを持つ同胞が増加していると捉えることもできるが、前述したように、日本人としてのアイデンティティしか持たない同胞青年に民族的に生きることを尊重させるには、これまで以上の努力が必要となるだろう。
 このように大きな転換期に直面している同胞社会を鑑みるとき、在日同胞団体の役割がさらに大きくなることは当然である。これまでのように、反目と対立に明け暮れて、在日同胞に奉仕することをおろそかにするならば、在日同胞社会は消滅の一途をたどり、まさに日本政府が望む状況をみすみす作ってしまうことになる。
 そうした意味から、昨年5月の民団と総聯との和解・和合=5・17共同声明発表は画期的であり、在日同胞社会に喜びと未来への光をもたらした。であるため多くの在日同胞は、テレビで放映された民団団長と総聯議長との熱い抱擁や談笑するシーンに喜び、両団体の和解・和合を中心した共同声明の発表をいっせいに歓迎した。
 民団団長と総連議長が直接署名した5・17共同声明では、@両団体の和解と和合をなし遂げ、民族的団結のために協力、A6・15共同宣言実践のための民族的運動に積極的に合流し、民団が6・15統一大祝典に日本地域委員会のメンバーとして参加、B8・15祝祭を共同で開催、C新しい世代の教育と民族文化の振興にともに協力、D福祉活動と権益擁護のために協調、E総連と民団間に窓口を設置して随時協議−の6点が合意されたと明らかにしている。具体的な項目は、AとBだけだが、次世代教育・民族文化の振興・福祉活動・権益擁護が掲げられたことは、在日同胞社会にとって利益となる項目である。
 2000年に発表された6・15南北共同宣言から6年。遅ればせながらでも在日同胞社会にやってきた和解・和合の風は、間違いなく在日同胞社会の希望である。

□座礁した5・17共同声明

 在日同胞社会の歓喜で迎えられた5・17共同声明だったが、発表直後から困難に直面するようになる。日本政府が公安勢力を押し立てて民団を脅迫し、その一方ではマスコミを全面に出して民団に対するネガティブキャンペーンを展開した。もちろんその背後には、アメリカの直接介入が存在した。結局、合意発表からわずか1ヵ月半後の7月6日に民団の河丙ト団長が一方的に5・17共同声明の白紙化を宣言するに至る。その後、河団長は7月21日に辞意を表明し、「改革」を掲げて出帆した執行部は9ヶ月で終焉を迎えた。
 韓国の月刊誌「民族21」は昨年9月号で、「分析/民団が総聯と和解できなかった6つの理由−米日の介入と民団保守派のクーデターによって不発に終わった民団・総聯の和解宣言」との記事を掲載した。6つの理由として同記事は、@日本政府とマスコミの反民団攻勢、A民団内の守旧保守派の冷戦的認識、B属地主義に立脚した民団内の従順論理、C米国の介入、D韓国の5・31地方選挙における与党の惨敗、E民団改革勢力の対応力不在−をあげている。
 この記事を参考にしながらも、5・17共同声明座礁を主に演出した米日の動向、およびその背景をまとめてみる。

@アメリカの直接介入

 5・17共同声明が発表されてから、もっとも先に動いたのは日本政府でもマスコミでも民団内の守旧保守派でもなく、アメリカだ。アメリカは駐日大使館一等書記官をわざわざ民団中央本部に派遣し、団長と事務局長に直接「ライス(米国務長官)とヒル(米国務次官補)も非常に関心を持っている」と伝えることで、積極的な介入に乗り出した。
 世界唯一の超大国を自称するアメリカにとって、たかが日本国内における朝鮮人団体の動向を、なぜそれほど目くじらを立てて介入する必要があったのだろうか。しかも共同声明発表のまさにその日の午後に民団中央本部を訪問するという狼狽した姿をさらけ出しながら……。
 キーワードは「6・15共同宣言」しかない。花見やゴルフコンペ・囲碁大会などの各種イベントを通じた各地方での民団と総聯との交流は定着して久しい。これに対してアメリカは一切に介入したことはなかった。つまり民団と総連との単純な交流に対しては、アメリカ政府もなんら関心がないということだ。
 ところが今回の共同声明は、高々と「6・15共同声明支持」を掲げている。民団が、6・15民族共同委員会に加入することまでも合意内容で明確にされている。これまでの各地方における交流とは明らかに異なり、「6・15共同宣言支持」を鮮明にしているのだ。
 北京で開催された6者協議で2・13合意がなされ、朝米国交正常化に向けた作業部会も正式に始めることになった。しかしあくまでもアメリカの対朝鮮半島政策は、朝鮮半島全土の覇権を確立することであり、最大限妥協したとしても、反米でない国家を朝鮮半島北部に樹立することには変わりない。したがって、民族の問題を自主的に解決し、統一朝鮮の実現を可視化させた6・15共同宣言は、苦々しい思いでいつかは破棄させたい対象としか見ることができない。そんなアメリカが、「6・15共同宣言」を海外からバックアップしていく5・17共同声明の発表を見逃すはずはないだろう。
 ましてや昨年の5月と言えば、ブッシュ政権が、北朝鮮との熾烈な心理戦を展開するなかで、国際的な包囲網を狭めていた時期である。開城工団や金剛山観光事業に対しても、「北朝鮮を利する」との理由で否定的な立場をとってきている。
 在日同胞社会への関与において、前面には出ず、背後操縦を原則としてきたアメリカが、このように危機感を表して迅速な行動をとったのは異例のことだといえる。

A日本政府・公安機関の介入

 民団・総連のトップ会談および5・17共同声明発表に対して、新聞各紙では「民団、総連が和解へ」「地方の願い届いた−在日社会に期待感−」「トップ笑顔、手取り合い」と評価的な見出しが並んだ一方、「拉致など巡り温度差も」「脱北者に不安も」「弱体化ともに危機感−世代交代、進む組織離れ」など、素直に評価しない記事も存在した。
 そのような中、日本政府は否定的な見解を示している。民団・総連のトップ会談が開かれる前日の16日、さっそく安倍晋三官房長官(当時)は「朝鮮総連は公安調査庁が公安維持の観点から関心をもっている。動向を充分に注視したい。」とコメントした。また警察庁の漆間巌長官は「民団内には(和解した)上層部に反対する動きがあり、今後かなりの活動をしてくる可能性もある。それが日本の治安に影響を与える可能性がないわけではない」(5月19日付毎日新聞)と語った。
 民団と総連との和解を破棄させようとする世論化はさらに本格化する。6月1日付の「週刊新潮」には櫻井よし子氏が「民団よ、日本社会の敵となるのか」と題したコラムを掲載した(http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2006/06/post_443.html)。総聯を日本社会の敵と既成事実化し、総聯および北朝鮮と‘結託’すること=日本社会の敵となることと規定し、「韓国を愛し、日本と自由と民主主義を信頼する人々なら反対は当然だ」と指摘した。6・15共同宣言発表以降、朝鮮半島が和解に向けて大きく前進している時代の流れを見ようとせず、また民衆の主体的な力によって時代が発展していく法則も知らず、いまだ冷戦時代の対決思考から抜け出せていないようだ。失笑に値するのは、櫻井氏が韓国内の進歩的インターネット新聞の「統一ニュース」を引用していることだ。進歩勢力が主に閲覧するホームページを、同氏がチェックしているとは驚きだ。しかも日本語版のないホームページをわざわざ自動翻訳して閲覧するとは、熱の入れようが違う。ただし、最近の技術発展によってネット上における自動翻訳が発展してきているが、原文をどの自動翻訳にかけても、同氏が使ったような単語は出てこない。つまり、櫻井氏は韓国語を良く理解するということなのか。初耳だ。
 また東京基督教大学教授の西岡力氏は、産経新聞の『正論』において「親北左派に乗っ取られた民団中央」と題するコラムをはじめ、徹頭徹尾、否定的な論陣を展開している。
 その後、新聞各紙の記事の内容も一様に変化し、民団の各地方本部における総連との和解・和合反対の動向を、詳細な内容も含めて逐一報じるようになった。共同声明が発表された直後には、日本社会において民団に関する理解が乏しいとの判断から、用語解説として民団を解説する記事がモレなく掲載されたことと、各地方本部、しかも新潟や三重・長野など比較的に同胞が少ない地域の反対動向を全国紙が報じたことを見比べてみると、その背景には何らかの力が作用したことを推測できる。
 一方、直接的な圧力は、国税庁と警視庁が担った。民団の運営費を主に負担している民団商工人は、その大部分がパチンコ産業に直・間接的にかかわっている。そこに目をつけた国税庁は「パチンコ産業に対する取締りを強化する」と脅迫した。その見せしめとして、横浜市にある民団関連施設に対する固定資産税などの減免措置を取り消すと通知した。これはここ数年、総聯に対しておこなわれてきた手法だ。さらには金融機関からの貸付中断などもちらつかせた。これにより、「改革民団」を支持してきた商工人がノックアウトされ、河丙ト執行部の主導力は損なわれた。
 日本政府にとっても、「6・15共同宣言支持」にもとづいた民団と総聯との和解・和合は、排除する対象でしかなかった。日本政府の究極目標は「戦争のできる‘普通’の国づくり」を完成させて、軍事・政治・経済における優位を背景に、世界的な覇権拡大を実現することである。「拉致問題なくして国交正常化なし」との方針のもと、マスコミ各社に「拉致問題スクープ」を競わせながら、北朝鮮バッシングの世論を形成し、総聯を孤立させてきたのは、みずからの野望を実現しやすくする整地作業なのだ。したがって北朝鮮との和解を推進する韓国政府の強い影響を受ける民団が、総聯と手を結ぶことは、日本の政策遂行において蹉跌をもたらすものでしかなかったのだ。

□在日同胞の存在を規定する2つの軸

 在日同胞の存在を規定する軸は大別すると2つある。1つは日本の戦後補償政策であり、もう1つは祖国の分断状況である。

@日本の植民地支配によって産み落とされた存在

 在日同胞の存在が、日本による朝鮮植民地支配の所産であることは否定できない事実であろう。最近、日本社会では「嫌韓流」やネット社会を中心に、在日同胞の存在規定について、「強制連行の被害者でない」と幼稚な論理を繰り広げているが、検証するに値しない理論だ。官・民による募集・斡旋を含め、みずから渡航した朝鮮人、そして実際に強制連行された朝鮮人も含め、すべてが日本の植民地支配によってなんらかの被害をこうむったという点を無視して論じているからだ。土地を奪われ、職も奪われ、生活していくために日本に渡航したという根本に留意するなら、在日同胞の原点を日本の植民地支配に求めざるを得ない。
 日本による植民地支配によって、在日同胞が生まれたわけだが、植民地統治下の在日同胞問題とは、祖国・民族を植民地支配から解放することに集約されていた。しかし、日本の敗戦によって祖国は解放され、多くの同胞が日本から脱出して祖国・故郷へ帰ったものの、さまざまな事情で多くの同胞が日本に残らざるを得ず、この瞬間から現在につながる「在日同胞問題」が始まったのだ。
 日本政府は、敗戦後も一貫して植民地支配に対する反省をしていない。これはいまも継続していることであり、日本首相の靖国神社参拝や歴史教科書の歪曲、相次ぐ官僚たちの暴言などがそれをよく証明している。植民地支配によって生まれた在日同胞、そしてその植民地支配に対する反省を微塵もしない日本政府、その日本で生活している在日同胞とのつながりで見ると、在日同胞の存在自体が日本政府の戦後処理・戦後補償によって規定されていることが容易に理解できる。
 周知のとおり、在日同胞は多くの権利が剥奪されている。民族的に生きる権利と一言で集約されるが、民族教育を正当に受けて、本名を名乗り、朝鮮人である自分を尊重するためのすべての権利が剥奪されているのだ。これは日本政府が、敗戦後も、一貫して在日同胞を「解放民族」ではなく、「治安の対象」として見なしてきたからに他ならない。

A東西冷戦の犠牲者として産み落とされた存在

 在日同胞の存在を規定するもうひとつの軸は祖国の分断だ。朝鮮半島の南北に二つの政府が成立したのは、1948年のことで、在日同胞社会における左右分裂、在日本朝鮮人連盟(朝連)と在日本朝鮮居留民団(民団)に分裂した後の話である。ところが朝鮮半島の分裂は、1945年8月15日から始まっているといえ、より具体的に言えば、ソ連が対日宣戦布告後に米ソ間が日本軍の武装解除境界線として38度線を設定した時点から始まる。南北の往来がまだ可能でありながら、米ソの対立=東西冷戦の浮上によって、徐々に朝鮮半島が分断されていく過程で、その影響を大きく受けた在日同胞社会も分裂していった。こうした経緯から、祖国の分断と在日同胞の分裂はつながっていると言える。
 しかし、祖国が分断していく過程で決して忘れてはならないのが、東西冷戦下におけるアメリカの対朝鮮半島政策である。アメリカの対朝鮮半島政策が朝鮮半島の分断を作り出したことを考えれば、祖国分断の影響を受けた在日同胞社会の分裂も、アメリカの政策によってなされたと言っても過言ではない。
 在日同胞社会に焦点を当ててみると、この点がよく分かると思う。GHQの調査でも8割の在日同胞を網羅していたとされている朝連を解散させ、民族教育を弾圧したのもアメリカの東アジア政策から導き出されてのことだ。さらに言えば、1965年の韓日条約をお膳立てしたのも、アメリカの東アジア政策である。
 在日同胞は祖国の分断によって規定されていると言うよりも、アメリカの対朝鮮半島政策および対東アジア政策によって規定されていると言ったほうが、本質を捉えているのではないだろうか。
 もう少し踏み込んで言えば、日本政府が戦後補償の拒否政策を維持してきたのも、アメリカの東アジア政策に関連しているのであり、在日同胞の命と生活・人権を脅かしている根源に、アメリカ政府の存在があることが分かる。

□常軌を逸する日本の公安政局

 日本政府の対朝鮮半島政策は、アメリカの同政策に大きく影響を受けている一方で、独自的なスタンスも同時に有している。とくに最近の日本政府は超強硬姿勢を堅持している。朝鮮半島の核問題解決を目指す6者協議の初期履行協定と言える2・13合意文が発表されても、その超強硬な姿勢はまったく変わらない。
 日本政府は、5・17共同声明に合意した民団を総聯から引き離し、同時に飼いならすことで総聯をさらに孤立させ、集中的な公安弾圧を加えている。
 警視庁公安部は、昨年11月27日〜28日にかけて総聯東京都本部や新潟の祖国訪問事務所など計7ヶ所に対する家宅捜索を敢行した。約半年前に、ある在日同胞女性が医薬品を持って北朝鮮を訪問しようとしたことが「薬事法違反」だと容疑をかけられた。しかし真相はこうだ。この同胞女性は甲状腺ガンと婦人病による大きな手術を受けており、北朝鮮を訪問するたびに医薬品(強力モリミアンS点滴薬・栄養剤)を持参したが、通関で問題になったことはなかった。ところが今回、医師の処方箋がないために持っていくことはできないと言われ、翌日の出港日に、税関は人道上の配慮として60パックのうち5パックを同胞女性に返した。それが半年後、嫌疑をかけられて大々的な家宅捜索につながった。
 以降、集中的な政治的弾圧が相次いでいる。11月29日、神奈川県警−在日本朝鮮人科学技術協会(「労働者派遣法違反」容疑)。12月5日および翌年1月10日、兵庫県警−兵庫県商工会と同阪神経理室(「税理士法違反」容疑)。1月28日、大阪府警−滋賀朝鮮初級学校(「電磁的公正証書原本不実記録」などの容疑)。2月5日、北海道警・札幌地検・国税局−朝鮮総聯北海道本部をはじめ傘下の諸団体事務所(「所得税法違反」容疑)、2月6日、兵庫県生田警察署−総聯兵庫県本部など4ヶ所(「税理士法違反」被疑事件が口実)。
 マスコミは客観的な事実を報じないどころか、無理やり北朝鮮の核開発や化学兵器開発と結びつける情報を垂れ流し、公安機関の暗躍を後ろから支える役割を担っている。
 このような一連の総聯弾圧の本質は、漆間巌・警察庁長官が1月18日の年頭記者会見で発した次の発言に端的にあらわれている。
 「拉致被害者の帰国に向け、北朝鮮を日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事。そのためには北朝鮮の資金源について『ここまでやられるのか』と相手が思うように事件化し、実態を明らかにするのが有効だ。北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題を解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」

□「5・17共同声明」復活は在日同胞・日本人共通の課題

 前で見たように、米日両国による執拗なまでの「5・17共同声明」潰しの本質は、それぞれの対朝鮮半島政策に基づいた6・15共同宣言攻撃と見ることができる。また在日同胞の存在を規定しているのも、米日の対朝鮮半島政策に基づいている。祖国が統一に向けて着実に進んでいる6・15時代、米日による支配構図を構造的にしっかりと理解し、「6・15共同宣言支持」「5・17共同声明支持」を高く掲げ、実現していくための努力を繰り返してこそ、在日同胞の未来を切り開くことができるだろう。
 そして、これは全民族的に展開している6・15共同宣言を死守・発展させていく闘いと連動しているものである。したがって在日同胞がみずからの生活と人権を守っていく闘いは、在日同胞社会だけに留まる課題ではなく、その闘いを通じて6・15共同宣言履行に寄与していくことができるのである。これがまさに6・15時代の在日同胞運動と言える。
 また総聯への政治弾圧は決して総聯だけに向けられたものではなく、在日同胞全体はもちろん、日本の民主主義に対する重大な挑戦でもある。総聯に所属していない同胞も、日本市民も、この事態を対岸の火事として受け止めてしまってはならない。日本政府が今後、「戦争のできる国家づくり」を推進する過程で、軍事大国化に反対するすべての団体・勢力・個人を弾圧することは火を見るより明らかだ。ましてや憲法「改正」を公約に掲げ、「共謀罪」の新設を虎視眈々と狙う安倍政権の性質を検証してみると、なおさらそう言える。つまり、日本市民にとっても「5・17共同声明」を支持・応援する運動は、日本社会の民主主義を確立するという極めて主体的な課題なのである。
 6・15南北共同宣言、そして5・17共同声明を守り、実現していく闘いこそが、朝鮮半島の統一、在日同胞社会の真の解放、民衆が真の主人となる日本社会を実現していく唯一の道である。明るい未来を自らの手で切り開くため、一人でも多くの人々が手を取り合って、ともにがんばっていこう。(高銖春・在日韓国青年同盟大阪本部)