金大中政権の内政を検証する

−改革の放棄と民心の離反−

 

 金大中氏が大統領として韓国の政治を担当してから、1年6ヶ月になろうとしています。破綻した経済を再建し、民主改革と南北統一への果敢なリーダーシップが期待された金大中大統領ですが、残念ながら日増しに国民大衆の失望は深まり、怒りが激化しています。「改革への期待は捨てた」、「金大中氏はもうレイムダックになったようだ」、「こんなに早く国民の不信を買うようになるとは…」といった声が巷にあふれているのです。

 前号(4月25日付)の『韓国の声』で、金大中大統領の国政運営に対する肯定的な評価が47.4%まで低下したことを紹介しましたが、『東亜日報』が6月12・13日に行なった世論調査では、その数字が39.1%とさらに低下しているのです。2月9日の時点では肯定的な評価が67.3%、就任1周年の2月24日が63.4%であったことと比較すれば、そのちょう落ぶり(4カ月の間に30%近い低下)がわかるでしょう。与党・国民会議への支持率も29.1%にまで低下しており、共に、この種の世論調査をはじめて以来の最低値です。

 金大中政権に対する民心の離反がなぜこのように急速に進行しているのか、現政権の内政を検証しながらその原因を探ってみることにします。

 

1.軍事独裁政権との結託

 

 朴正煕・全斗煥・盧泰愚と続く30年もの軍事独裁政権は、韓国社会に深い傷あとを残しました。一部では、高度経済成長の基礎を築いたとして朴正煕の指導力を称賛する動きもありますが、韓国経済がIMFの管轄下に置かれるまでの破綻にいたった根源は、朴正煕政権の下で始まった「労働者を犠牲にして財閥を養成する成長至上主義」であったことを見落としてはなりません。日帝植民地支配に服務し、クーデターで4・19民主革命の成果を蹂躙した朴正煕への評価は、もっと総合的であるべきです。

 歴代軍事独裁政権のもたらしたものは、民主主義の抑圧と甚だしい人権の侵害、そして米日など大国への依存と分断の固着化であり、その罪過は厳しく問われるべきところです。ところが、軍事独裁の代表的な被害者である金大中大統領の手によって、軍事独裁政権に対する再評価と美化が行なわれているために、国民は当惑を越えた強い怒りを覚えています。

 5月13日、金大中大統領は視察先の大邱市(朴正煕の出身地域)で、「朴正煕大統領の祖国近代化への業績は正しく評価されるべきである。この地に記念館を建立するために政府は財政支援を行なう」と約束しました。当日の発言の中で金大統領が自ら述べているように、これは故人となった朴正煕との和解というよりも、「大邱・慶尚北道地域と、金大中・国民会議との和解」を提案したものと言えるでしょう。全羅道を基盤とする地域政党としての限界を克服しないかぎり、金大中氏の国民会議が来年の総選挙で勝利することは不可能でしょう。金大中氏が欲しいのは、死してなお出身地域の住民には人気のある、朴正煕の高い「得票力」なのです。

 前職大統領に対する金大中政権の政略的なアプローチは、朴正煕に対してだけではありません。金大中氏は大統領に当選した直後の97年12月、光州市民への大量虐殺と天文学的な不正蓄財により服役していた全斗煥・盧泰愚らに対する赦免・復権に尽力しています。そして、彼らに課せられた数千億ウォンもの追徴金を取り立てることもせず、全斗煥・盧泰愚らが光州地域を安全に訪問できるように取りはからったのです。

 しかし、虐殺者たちは光州民衆抗争の犠牲者たちが眠る望月洞墓地への参拝はにべもなく拒否し、「鎮圧に当たった戒厳軍の役割も再評価されるべきだ」との暴言をほしいままにしています。ところが、金大統領の側近中の側近ともいえる韓和甲議員(国民会議)は、最近になって全斗煥を「立派な大統領だった」(5月12日付『東亜日報』)と評価しているのです。 歴史的にも、非民主的、反民族的な独裁統治者として断罪されている人物を、金大中政権が卑屈なまでに美化していることに対し、国民大衆は厳しく糾弾しています。

 『4・19革命負傷者会』など4・19民主革命に関連する諸団体は5月20日、連名で声明を発表し、「朴前大統領記念事業への国家支援は、軍事クーデターを正当化し長期執権と民権弾圧を美化する結果を招くだけだ」として、その撤回を要求しました。また、全斗煥を称賛した韓和甲議員は6月6日、望月洞墓地で『5・18民衆抗争青年同志会』の青年から、汚物(ビニールに入れた糞尿)の洗礼を浴びています。独裁者たちとの結託によって政権基盤の強化を図る金大中政権を、民衆は「改革を放棄し歴史の歯車を逆転させる背信者」だと糾弾しているのです。

 

2.情実人事と政権の腐敗

 

 5月24日、金大中大統領が行なった内閣改造の人事で、世論の集中的な指弾をあびたのは検察総長・金泰政氏の法務部長官任命でした。

金泰政氏は、政権交代の度に出世街道をかけ進んできた、典型的な御用検察官といえる人物です。金泳三政権が出帆するや、背後実力者であった大統領の次男・金賢哲氏に取り入り、検察の最高位にまで登りつめたのですから。そして、金大中氏が大統領選挙の渦中に、対立候補から秘密資金疑惑の攻勢を受けたとき、金泰政・検察総長は“選挙に悪影響を与える”とのそれらしい理由で捜査を留保し、金大中氏を擁護したのです。当時は、金大中氏が僅少差ながら与党候補の李会昌氏をリードしていました。与野政権交代の可能性を鋭い嗅覚で感知した金泰政氏は、これを機に果敢な「乗り換え」を決断したと言えます。

 当時、秘密資金捜査が断行されれば形勢が一挙に逆転しかねない微妙な状況だっただけに、金大中氏は数日間、不眠と苦悩の日々を過ごした(6月17日付『時事ジャーナル』)と言われています。大統領当選を果たした金大中氏は、金泰政氏の“類まれな忠誠心”に対し、法務長官への抜擢という形で報いたわけです。大統領選挙戦での秘密資金をめぐる攻防には、もう一人の高位官僚が登場します。金大中大統領の秘書室長である金重権氏です。

 92年、盧泰愚大統領は金大中氏に20億ウォンの政治資金を秘密裏に提供しましたが、その使者となったのが、当時の大統領政務首席秘書官・金重権氏です。97年の大統領選挙が終盤戦に入ったころ、李会昌候補は「金大中氏の受領した秘密資金は20億ウォンをはるかに越える額だった。その全貌を明らかにせよ」と、猛攻をかけて来ました。その時に、「20億ウォンの他には、びた1銭も受け取っていないという金大中氏の告白に偽りはない」と証言したのが金重権氏でした。

 全斗煥・盧泰愚政権の下で権力の中枢部にいた金重権氏は、この証言をきっかけに野党・国民会議へ入党し、金大中政権の出帆とともに大統領秘書室長の座に就いたのです。金大統領自らも、金室長をして「政権の第二人者」(6月2日付『東亜日報』)と評する程に、彼の“功績”は他を圧倒するものと言えるでしょう。

 極右・反共勢力の元祖とも言える金鍾泌氏が首相の座にあり、軍事独裁政権の中枢にいた金重権氏のような保守・反動の出世主義者たちが大統領の最側近に布陣していることから、金大中政権の掲げる“改革”は内容の乏しい、極めて色あせたものとならざるを得ないのです。

 このように、金大中氏も歴代の権力者同様、秘密資金疑惑という爆弾を抱えています。与野を問わず韓国の政党政治を率いる「ボス」たちは、財閥企業から巨額の政治資金(ほとんどはワイロである秘密資金)を受領することで党を運営し、選挙を闘うしかありません。韓国社会で最も遅れた分野、最も腐敗した分野が政治であり、それ故に政治改革は最優先的な課題なのです。

 言うまでもなく、秘密資金は権力と執権党に群がるものです。4月30日付で「中央選挙管理員会」が発表した『98年度政党財政の内訳』を見ると一目瞭然です。政権交代により、与党から野党へ転落したハンナラ党の収入はこの1年間で、1935億ウォンから845億ウォンと56.5%も減少したのに対し、執権党になった国民会議は、516億ウォンから939億ウォンへと81.9%が増大しています。

政界の腐敗に対する国民の批判がいかに峻烈であるか、6月7日付『東亜日報』に掲載された「韓国社会の腐敗と清廉度に関する国民調査」(5月の初旬〜中旬、全国の成人男女1000名を対象)がよく表しています。職業別の腐敗度調査での第1位は政治家(96.3%)であり、団体・機関別では国会が第1位(97.1%)です。これは1000名の対象者のうち政治家や国会が清廉であると答えた人は、37人と25人しかいなかったことを示しています。それぞれの2位を占めているのが、財閥オーナー(91.8%)と検察(85.7%)であるのも意味深長な結果と言えるでしょう。

 そして、「金まみれの選挙」のツケを金大中政権は容赦なく払わされることになりました。3月30日に、ソウル・京畿道と安養市で国会議員と市長の再選挙がありました。その際に「国民会議が、50億ウォンという巨額の選挙資金を違法に使用した」との報道を、『ハンギョレ新聞』が5月21日付の一面トップで流したのです。

 その時の選挙では、「中央選挙管理委員会」が選挙法違反で摘発した15件のうち、13件が与党候補に関連するものでした。現政権の「乱行ぶり」が推測される数字です。実際に、“通りかかった犬からも酒のニオイがする”とまで言われた安養市長選挙に関して、国民会議の中央幹部は、「選挙現場に来てみて、いつからわが党がこんなに多額の資金を投入するようになったのかと、嘆かわしい気持ちになった」と述べています(週刊『ハンギョレ21』6月10日号)。

 もちろん、与党が多額の選挙資金を使用したと認めるはずはありません。国民会議は5月27日、『ハンギョレ新聞』の報道は事実無根であるとし、同社に対し名誉毀損と損害賠償(101億ウォン)を求める刑事・民事上の訴訟を起こしています。

 5年前の94年、金泳三大統領の次男・金賢哲氏が「漢方薬業者からワイロを受領した」との『ハンギョレ新聞』報道に対し、20億ウォンの損害賠償訴訟を提起したことがありました(結果は金賢哲氏の敗訴)。その当時、野党であった国民会議は、「言論に対する許し難い脅迫であり弾圧である」と非難し、徹底した真相の究明を要求したものです。

 立場が変わった今、彼らはマスコミに対する訴訟額としては史上最大の額を要求しているのです。広範な民主市民の献金で発足した『ハンギョレ新聞』の資本金は200億ウォンです。資本金の半分を要求する訴訟とは、新聞社の存立を脅かそうとする権力の横暴と執権党の傲慢であり、それ以外の何ものでもありません。

 話を金泰政氏に戻します。

 検察庁の内部、特に若手検事たちの中には、金泰政・検察総長があまりにも政権の意向に忠実であることから、「検察の政治的中立」を求める声が広がっていました。彼らは今年の2月、金泰政総長の退陣を求める連判状を回し、公然と反旗をひるがえし始めたのです。こうした動きを野党が見逃すはずはありません。国会で金泰政総長に対する弾劾訴追決議案が提出され、4月1日、与党は辛うじてこれの通過を阻止した次第です(投票総数291のうち、賛成145、反対140、棄権2、無効4。過半数にわずか1票足らずで金泰政総長の首は皮一枚を残してつながった)。

 若手の検事たちが金泰政氏の退陣を要求した理由の一つとして、疑惑が明白なのに拘束しない“不審な事件”を挙げています。それは、約1億6千万ドルもの外貨を海外に不法流出させた崔淳英・新東亜グループ会長の事件です。金泰政総長と崔淳英会長は、平素からじっこんの間柄でした。しかし、韓国社会では財閥オーナーと検察高位層の親交は、単なる友情ではなく多額の金品によって結ばれた癒着関係と見るのが常識です。

 そして、崔淳英会長を拘束せよとの圧力が高まった昨年の末から、崔会長の夫人は金総長を始め何人かの高官夫人に、数千万ウォンものミンクコートなど高価な衣服をプレゼントしていたことが発覚したのです。5月24日の内閣改造で金泰政氏が法務部長官に抜擢されるや、この「ミンク・ゲート事件」がマスコミを通じて一斉に報道され、韓国社会に一大騒動が起きたのです。

 事件の真相を究明せよ、金長官は辞任せよ、との世論は日増しに高まっていきましたが、かつての検察トップであり、今や検察を指揮する法務長官の夫人に対して、検察庁の幹部たちが公正な捜査を展開すると期待するのはあまりにも無邪気なことです。結論は最初から明らかでした。“金長官の夫人はミンクコートを数日後には返還したので、収賄罪には当たらない”との、国民を愚弄する判定でした。

 300万名を越える失業者が生活苦にあえぎ、整理解雇反対のストライキを決行したというだけで数多くの労働者が拘束されているのに、高官の夫人たちは数千万ウォンもの高価な衣服をやりとりしても何の罪にも問われない現実は、民衆に怒りを越えた苦い挫折を味あわせるものでした。

現政権に対する世論をさらに悪化させたのは、金大中大統領が「検察の調査によって金長官には何の過失もなかったことが明らかになった。マスコミの退任要求は“魔女狩り”を思わせる不当なものだ」として、6月2日、金泰政長官の留任を宣言したことです。大統領がマスコミを「民意の反映」とは見ずに、政権を攻撃する「魔女狩り」と見なしているのは極めて憂慮すべき点です。さらに大統領は、金長官の留任を決定した動機として、「マスコミに押されて人事を行なえば、長官たちは私に忠誠を尽くすよりもマスコミの意向をうかがうようになる」(6月7日付『東亜日報』)と、その心情を吐露しています。これは、前任者たちと何ら変わらない、権力にとりつかれた亡者の醜悪な姿でしかありません。

 そして、相次ぐ“試練”を脅威的な生命力で突破してきた金泰政長官が、ついにその座を追われたのは、大統領の留任決定からわずか6日後のことでした。

 

3.検察国家の公安統治

 

 6月7日、最高検察庁の公安部長であった秦炯九氏は、大田高等検察長への昇進を祝う送別会で、アルコールの勢いもあってか、記者たちに次のような秘話を打ち明けたのです。

 「昨年11月に発生した造幣公社のストライキは、公共企業の構造調整(リストラ)を進める上で“モデルケース”にする目的で検察が誘導したものだ。造幣公社の社長と打ち合わせて、ストライキを誘導するために一部の工場を閉鎖した。公共企業でストライキをすればどんな目に合うのか、検察がどう対応するかを見せつけてやるつもりだったが、本腰をいれて手入れする前に労組側が手を上げてしまったので、物足りなかった。この計画は公安部の李某局長が作成し、今も報告書が残っているはずだ。もちろん、金泰政検察総長(当時)も了解済みだった」。

 造幣公社のストライキをめぐる経緯をたどってみると、秦部長の“武勇談”は真実味を帯びてきます。検察との綿密な打ち合わせを経て公社側が持ち出した条件は、@造幣工場の統廃合計画を2年繰り上げて実施、A2000年までに35%の人員削減、B人件費の50%削減、といった労組としては受け入れ難い内容でした。まさに、労働者をストライキ決行へと追いやるものでしかなかったのです。

 即刻、戦闘警察がスト弾圧に投入され、労組の委員長は抗議の焼身自殺を図りました。幸い3度の火傷で一命は取りとめたものの、委員長をはじめ7名の幹部が拘束され、10名が解雇、そして懲戒処分を受けた労働者の数は数百名に達しています。これ程の犠牲を出しておきながら秦炯九公安部長は、「目にものを見せてやりたかったが、労組が予想外に早く手を上げてしまった」との暴言を吐いているのです。

 検察庁は、まず造幣公社を血祭りに上げた後、地下鉄労組と韓国通信労組という公共労組の二大勢力を萎縮させ、構造調整案を無抵抗に受容させる作戦だったといいます(6月24日付『時事ジャーナル』)。 造幣公社の他にも、検察がストライキを誘導し労組の破壊工作を行ったと思われる事例が、労働運動団体からいくつか報告されています。

 昨年、「万都機械」や「江原産業」では、労組が政府当局の介入を防ぐために、すべての闘争を労働法に定められた手続きを踏みながら合法的に進めていました。しかし、企業側は一切の交渉を拒否し、工場を閉鎖するなど強硬手段で臨み、政府当局も労使間の衝突が始まっていない初期段階から戦闘警察を投入し鎮圧したのです。

 一般に誤解されているように、労組が“過激”であるために労使交渉が決裂するのではなく、政府の後押しを受けた企業側が強硬姿勢で臨むことから労使間に紛争がおき、労働者が一方的に犠牲を強いられているのです。

 問題の核心は、労使関係を労働部のような専門部署ではなく検察が担当し、公安対策の一貫として取り締まっているところにあると言えます。

 今年の3月、政府はこれまでの「公安事犯合同捜査本部」を拡大改編し、「公安対策協議会」(公対協)を設置しました。公対協は最高検察庁の公安部長が議長を務め、労働部、国家情報院(旧安企部)、警察庁、統一部、行政自治部など12部署の公安業務担当局長らが委員として参加しており、労使問題に関する政府の総合対策を立案しています。

 公対協の設置は大統領の訓令第77号をその法的根拠にしていますが、労働団体や良心的な法曹人士は、「検察が政府の労使対策を調整するのは超法規的な発想」として糾弾しており、公対協委員の一部も、「検察が公対協を主導するのは“検察国家”を連想させる」と、否定的な反応を見せているほどです(6月12日付『東亜日報』)。

 大統領の訓令は、中央の公対協だけでなく各地方の検察庁にも「公安対策地域協議会」を設置するように定めており、労使問題に関しては検察が全国で主導的な役割を遂行しているわけです。公対協の会議は今年に入ってすでに10余回が開かれており、昨年は50回を越えています。

 秦炯九・公安部長の爆弾発言によって、政府が検察を通じた労働運動への破壊工作を行なっていることが明かとなり、金大中政権に対する非難の声が一挙に高まりました。検察庁と大統領府は即刻、「秦炯九氏は日ごろから自分の功績を誇張する性向があり、今回の発言も根拠のない“酔中失言”である。検察が労組のストライキを誘導した事実は一切ない」と否定し、当事者の秦氏を罷免しました。

 秦炯九氏は金泰政氏の直系部下であり、金大中政権が出帆した後に、金泰政・検察総長が公安部長に抜擢した人物です。彼は金大中政権の掲げる新公安政策(国家保安法の適用に際し、人権侵害の恐れがないように慎重に対処する)をせせら笑うかのように、「私は“新公安”ではなく“真公安”だ」と豪語しながら、良心囚を量産してきました。金泰政氏が秦炯九氏を重用したのは、金大中大統領が金泰政氏を抜擢したのと同じ理由からです。それは、上司に対する“絶対的な忠誠”です。

 6月8日、金泰政長官は「検察に対する監督不行き届き」を理由に、金大中大統領によって更迭されました。いくら“忠臣”とは言え、国民の大多数が退任を要求している金泰政氏をこのまま留任させることは、政権の存続すら危うくさせると判断したからでしょう。

 

4.改革の放棄と民心の離反

 

 6月3日に行なわれたソウルと仁川の国会議員補欠選挙では、野党・ハンナラ党が2議席とも大差の勝利を納めました。もともとこれらの地域は与党の支持基盤が強固であっただけに、金大中政権にとっては大きな痛手といえます。明らかに、民心は金大中政権から離反しつつあります。斬新な公約を掲げて当選した金大中大統領が、経済危機を収拾したとは言えこれといった改革を実行していないことに、民衆は厳しい審判を下し始めたのです。

 新政権の下で拡大するばかりの貧富格差、勝者と成功者が中心の新自由主義的な社会秩序に対し、国民大衆は強い不満と拒否反応を表しているのです。朴正煕政権の下で始まった開発独裁の悪しき遺産は、今もって清算されていません。政権が交代した後にも非道徳的な人士たちが要職に居座り続け、彼らは民衆の生活苦を省みることなくあらゆる不正と腐敗を重ねながら、特権階級として君臨しています。今、民心を支配しているのは、「政権は交代したが、世の中は変わっていない」という怒りと絶望感です。

 このままでは金大中政権の危機は深まり、来年の総選挙で悲惨な結果に直面することになるでしょう。政権を安定化させる道は民主改革を断行し、民心の支持を回復する以外にありません。金大中氏は野党の総裁であった頃、政権の“忠犬”に成り下がった検察を批判し、「権力中枢部の不正事件を捜査するには、外部からの特別検事制度を導入すべきである」と主張していました。

 しかし自らが執権した後には、特別検事制の導入をかたくなに拒否しています。ミンクコート疑惑やストライキ誘導疑惑を契機に、世論はこぞって特別検事を任命して真相を究明することを要求しています。公約違反を厳しく糾弾する民衆の声に押され、金大中大統領はしぶしぶ、特別検事制の時限的な導入を考慮しているようです。

 韓国社会においては、権力者と富裕層に自らの特権の一部を譲歩するように強制することなくして、真の改革は決して実現されません。「国民の政府」ならぬ「検察の政府」と揶揄されるほどに、金大中政権の統治は検察に依拠しています。

 そして、検察の政治的中立を主張し、改正された検察庁法(検察総長は2年間の任期を全うしなければならず、退任後も3年間は公職につくことを制限する)を自ら無視して金泰政氏を法務長官に任命したことが、どのような深刻な事態を招いたかを、金大中大統領は謙虚に自省すべきです。改革性よりも忠誠心を基準にして人事を行なえば、民心は離反し、国政は破綻せざるを得ないのです。特別検事制度の導入や、閣僚任命に際した国会の人事聴聞会など、自らが約束した最低限の改革措置すら行なわれていないのは、全的に、大統領が民主改革を断行する強固な意思を持っていないからに他なりません。

 6月24日、全国連合、民主労総、参与連帯、経実連など195にのぼる市民・社会団体が「特別検事制の導入と腐敗防止法の制定を求める国民行動」を発足させ、全国各地で署名運動を展開しています。そして、金大中政権にとって直撃弾となったのは、同じ日に、大統領の出身地である木浦市で各界人士による「時局宣言文」が発表され、@公安対策協議会の解体、A整理解雇中心の構造調整政策の中断、B国家保安法の撤廃と良心囚の釈放、C歴代独裁政権との結託反対、などを主張していることです。

 その間、金大中政権に対して「批判的支持」の立場であった穏健な市民・社会団体までが、「全面的批判」を行動化するようになった今、金大中大統領は重大な岐路に立たされています。歴代軍事政権との結託を通じて保守・反動の道を歩むのか、あるいは民衆に依拠して民主改革と南北和解への道を選ぶのか、ひとえに大統領の決断にかかっているのです。