『キョウカイの神父』



教会、すなわち、神父が神の言葉を聞きその意志を代行する場所。
教会、すなわち、神父による神と人間界のボーダーライン。

これは魔女と呼ばれた少女と魔女と名乗った少年の小さく儚い物語である。

蘇る記憶 → 緑豊かな田舎町
蘇る記憶 → 町外れの教会
蘇る記憶 → 消えていく神父の命
蘇る記憶 → 後を託された少年
蘇る記憶 → 燃えさかる焔
燃やされる女 → 二児の母親
燃やされる女 → 病に臥した幼子
燃やされる女 → 捜し求める薬草
燃やされる女 → 捕まえる男
燃やされる女 → 燃やす男
魔女と呼ばれた女 → 神父になった少年
魔女と呼ばれた女 → 響きわたる悲鳴
魔女と呼ばれた女 → 泣き叫ぶ少女
魔女と呼ばれた女 → 神妙に見つめる民
魔女と呼ばれた女 → 物言わぬ屍
泣き叫ぶ少女 → 抱かれた妹
泣き叫ぶ少女 → 憎悪と怒りを宿した瞳
泣き叫ぶ少女 → 壊れた妹
泣き叫ぶ少女 → 疑問を抱く少年
泣き叫ぶ少女 → 近づいてくる少年

二人の娘と一人の若すぎる神父二人の流した涙と、一人の流した涙その意味は違えども・・・。



「また、あの時の夢か・・・」
いつものように起きあがりあのときの事を思い出す。
神父となった私に最初に任せられた仕事は
『魔女狩り』
突如病に倒れた父がまだ十一の少年にその位と仕事を押し付けて死んでいった。
一体何が正しくて、何をしなければならないのかさえ分からなかった私は司教の言う通りにするしかなかった。
その時、一人の女が薬を作るために薬草を探していた所を見つかり、拘束され教会に連れてこられた。
彼女の言い分は
「娘が病気になったからその治療のため」
司教が言うには
「民を惑わす薬を作る魔女だと」
私は迷った、どちらが正しい事を言っているのかなど分からなかった。
結局、彼女を火あぶりの刑に処したのは
「それが神父の仕事」
という、司教の言葉だった。
刑の執行を終えた後、私は二人の少女と出会う、彼女らは私が燃やした女の娘だった。
一人は泣いていた、一人は笑っていた。
その涙には悲しみ、憎悪、怒りが宿り。
その笑いには錯乱、混乱、狂気を宿す。
私は、あの日、一人の命と、一人の心と、一人の精神を殺してしまったのだ。
私は後悔した。
自分のすべきことはこんな事なのかと。
そして私は自分の心に、二人の少女に誓ったのだ。
「この町から二度と魔女は現れない」と。
それが、十年前、以来この町から魔女は現れていない。
そんな平和な町の外れの教会に私は一人で住んでいる。
教会から少し離れたところに例の司教がいるが今となってはもう気にはならない。
私は寝起きの悪い夢から逃れるように教会を後にし、出かけることにした。
教会を出ると、あたりには花畑が広がっている。
十年という歳月をかけて私とあのときの少女エスペリアとその妹オルファリルの三人で築きあげたものだ。
ふと花畑の向こうに人影が見える。
「あら、クリスさん、おはようございます」
「おはようございます、メリーさん。お体の具合はどうですか?」
「優しい神父さんとエスペリアさんのあかげでもうばっちりよ」
「今朝はお散歩ですか?」
「ええ、あんまり天気がいいものだから」
少し恰幅のいい婦人はそう言って空を見上げた。
私もつられて空を見上げる。
どこまでも雲ひとつない蒼い空が広がっている。
「あ、クリスさん、おはようございます」
「くりす、おはよー」
オルファリルをつれてエスペリアがやって来た。
「おはよう、二人とも」
「エスさん、オルちゃん、おはよう」
「おはようございますメリーさん、お体のほうはもう大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげさまで・・・じゃあ、私はそろそろ行くわね、さようなら」
「え? あ、はい、さようなら」
「ばいばーい」
そそくさと逃げるように去っていくおばさ・・・メリー夫人の意味ありげな目が私に何か言いたそうではあったが、私は何も見なかったことにする。
「どうしたんでしょう?」
「さぁな、で、今朝も水やりかい?」
「はい、日課ですから」
そういってエスペリアは手にしたバケツに水を汲みに教会の裏の井戸へと向かう。
そのあとを追うようにオルフェリアはついていく。
オルフェリアの心は十年前に成長を止めた。
私の責任だ。
この十年は私の償いの日々。
彼女たちのために出来ることは何でもやった。
エスペリアは私を許してくれた。
オルフェリアも私を慕ってくれている。
いつしか私はエスペリアに恋焦がれているのに気づいた。
彼女のことが好きになったのだ。

戻ってきた少女 → 花に水をやる姿
戻ってきた少女 → 美しき齢十八
戻ってきた少女 → 心優しき娘
戻ってきた少女 → 神父が恋した乙女
戻ってきた少女 → 戻ってきたのは一人
戻らない妹 → 周囲を見渡す姉と神父
戻らない妹 → 天を裂くような悲鳴
戻らない妹 → 捕らわれた少女
戻らない妹 → 握られた液瓶
戻らない妹 → 壊れたマリオネット
捕らえた司教 → 勝ち誇った笑顔
捕らえた司教→ 少女から奪いし液瓶 
捕らえた司教 → 困惑する神父と姉
捕らえた司教 → 吐き捨てる罵声
捕らえた司教 → 「魔女を捕らえた」

司教はオルフェリアを羽交い絞めにし、奪い取った液瓶を掲げて私たちに向かって言い放った。
「この娘は怪しい薬を調合していた。不法な薬の調合は禁じられている。こいつは魔女だ」
声にならぬ声で泣きじゃくるオルフェリア。
「オルフェリアを離せ・・・」
意味もないと知りながら、私は訴えた。
「なぜだ? 薬の調合は禁じられている。魔女が現れたときに処罰するのは神父の務め、お前は教会を裏切るのか?」
そう、禁じられている調合していた現場を押さえられては分が悪い、そして私は神父立場上オルフェリアを罰しなければならない
。どうしたものかと考えあぐねていると。
「それは私が指示したの。オルフェリアは魔女なんかじゃないわ。・・・私が魔女よ」
エスペリアは平然と言った。
だがそれでは、オルフェリアは助かっても・・・エスペリアが・・・。
「ふははは、そうかそうか、お前が魔女か」
司教は私が苦しめばどちらでもかまわない、目障りな神父が消えればいいそう言いたげに顔を崩した。
「待て、エスペリア、それじゃ、何も解決しない!」
「ええ、でも私は妹を見捨てることなんて出来ないの。ごめんなさい、クリス。あなたと過ごした十年、楽しかった。」
「処刑は今夜だ、神父クリス。それまでに覚悟しておけ。あはははは」
司教の高笑いはエスペリアを連れ教会の中へと消えていった。

燃えた人の前で泣く少女に向かって少年は語った。
「君の母親を殺したのは僕だ。そして君の母親は魔女だった。僕は神父だ。やらなければならない事だった。でも、これはやってはいけない事だった。いまさら気づいた。もう取り返しがつかない。君の母親を生き返らせることは出来ない。その代わり二度とこの町から魔女は出さない。僕は・・・」
私は駆け出していた。
教会の扉を開け、奥に進もうとする司教とエスペリアの背に向って私は叫んだ。
「待て! 魔女は私だ! 私が彼女に薬を作るように命じたのだ!」
驚きの表情、エスペリアと司教。
司教の表情はすぐに笑みに変わる。
「そうか、なら、お前は今夜私が焼いてやろう」
エスペリアを突き放し、司教の腕は私を捉えた。
今にも泣き出しそうな顔でエスペリアは私の元によってきた。
「どう、して?」
「十年前の約束、覚えているか? 私は教会の神父だ。だが、神の意志が間違っているのなら、私は神と人間との『境界の神父』となり皆を守ろう、そう誓った。今その誓いを果たすときだ。」
それだけ言って私は教会の奥にある牢へと連れて行かれた。

 その夜、十字架に結び付けられた私は私のために涙を流し集まってくれた町の人たちの中からエスペリアとオルフェリアの姿を探した。
司教が罪状を読み上げ、私の足元のたいまつに火をかける。
ようやく駆けつけてきた二人の姿を私は見つけた。
私の顔は凍った。
二人とも嗤っていた。
まるで、死にいく虫でも見るかのように。
姉は妹にささやいた。
そして二人は同時に口を開いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

その声は燃える炎の音で聞こえなかった。
だがそのはっきりとした口の形は私に言葉を届けた。
思わず私も笑っていた。
私は教会の神父にして境界の神父。
そして狂壊の神父。
私は狂ったかのように笑いながら焼かれていった。
そして私は魔女となった。