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京都西京区の一般的に言われている、通称苔寺(西芳寺)の紹介をいたします。尚、今では残念ながら、西芳寺(苔寺)参拝には予約が必要です。
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西芳寺(京都苔寺)正面写真--重厚な苔寺の門構えで、歴史を感じさせます
西芳寺(苔寺)総門
120余種の苔に一面が覆われ、i一般的には「苔寺」の名で親しまれています。西芳寺(苔寺)京都市の立看板-世界文化遺産になってから作られたのかも?

西芳寺(苔寺)

山号を洪隠山といい、臨済宗に属する。
平成6年(1994)に世界文化遺産に登録された。
奈良時代、聖武天皇の詔により行基が開山した古刹で、平安時代初期には弘法大師が一時住し、鎌倉初期には法然上人が中興して、浄土信仰の道場としたと伝えられている。
兵乱での荒廃の後、暦応二年(一三三九)に後醍醐天皇、足利尊氏の深い帰依を受けた夢想国師(疎石)により再建され、禅の厳しい修行の道場となった。
夢想国師自ら作庭した、枯山水石組みの上段の庭と、心の字を形どる黄金池を中心とした池泉回遊式の下段の庭成る庭園は、当時既に天下の名園として名高く、足利義満をはじめここを訪れて座禅に励んだ人も多い。
現在、3万50平方メートルに達する庭園(国の特別名勝及び史跡)は、よく昔の面影を伝える名庭とうたわれている。
百二十余種の青苔に一面が覆われ、広く「苔寺」の名で親しまれている。
また、茶室湘南亭(重要文化財)は、千利休の二男少庵が桃山時代に建築した物で、明治維新の際に岩倉具視が一時隠棲した事もある。
禅寺の苔をついばむ小鳥かな  虚子
京都市 立看板より転記

京都市西京区松尾神ヶ谷町56
アクセス
 市バス「苔寺道」 徒歩 3分
 京都バス「苔寺」 徒歩 3分
  鈴虫寺の駐車場からはすぐ近くにあります。

ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財-17ヶ所の寺院、神社、城」の一つに入っています。
西芳寺(苔寺)は昔は近くにあったせいか、何回もいった記憶があります。
当時はまだ大学生で、地方から京都見物に来ている学生を案内したのですが、庭園には多種類の苔が絨毯のように、たくさん生えていて、ずいぶん広い庭だなーというくらいしか印象はありませんでした。
当時は観光客も異常に多く、また近くに住宅もあり、下記に記述されているように、参拝客のマナーも含め住民とのトラブルがあり、そのため今のようなシステムになったようです。
今考えてみるともっとしっかり見ておけばと思っています。
機会があればまた友達を連れて行ってみたいです。
いまは、残念ながら、予約制になっています。
西芳寺(苔寺)の遠景ですが写真を載せておきます。
尚西芳寺(苔寺)参拝者予約には下記要領にてお願いします。

参拝者の皆様へ(西芳寺苔寺立て看板より転記)
 地元の皆様から参拝の型のバス、乗用車による交通マヒ、騒音、排気ガス、危険性等の訴えがあり、昭和48年春から、歩行者天国、駐車場の別地での設置、公衆便所の改築、観光バスの乗り入れ禁止等の諸対策を各行政当局と協調して行ってまいりましたが、地元の要望の充分なる解決策とはならず、やむなく西芳寺としては昭和52年7月1日より事前に申し込んでいただく少数参拝(庭園だけの拝観でなく、写経、法話、座禅等の宗教行事におまいりしていただく聞法の道場)となりましたので、下記要領にて御申込み下さい。

1.往復はがきに希望日、人数、代表者の住所・氏名を明記のこと。
1.申込みはがきは、希望日の7日まえまでに必着の事
1.宛先615-8286 京都市西京区松尾町西芳寺参拝係まで

西芳寺苔寺執事

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総門の写真 京都苔寺(西芳寺)外から見た境内の写真--西芳寺苔寺の様子が若干うかがえます 京都苔寺(西芳寺)門の斜めからの写真--橋の下を流れている小川は西芳寺川です
西芳寺(苔寺 京都)総門
外から見た西芳寺(苔寺)境内
斜めから見た西芳寺(苔寺)総門

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