仏像の衣・僧の衣(法衣・袈裟)の研究発表 2004.10.
西村 潤子(文化財・仏像修復彩色師)
山口千代子(洋裁教師)
袈裟は いつ・だれが・どこで・なぜ作られたのでしょう・どんな決まりがあるのでしょう
・袈裟は仏教成立当初、釈迦自らが異教徒や民衆との区別が一目で分るようにと考え出された、
言わば仏弟子の制服といえるでしょう。
・デザインは棚田を模して田と畦道の水田の風景を表わしている。
釈迦が田植え後の青々とした水田をご覧になり、種を蒔けば秋には稲の収穫があるように、
仏法を信じると必ず福報があるという教えを棚田に例えられた
(袈裟を別名「田相衣(でんそうえ)」「福田衣(ふくでんね)」という)

・仏弟子の中には贅沢な衣を持ち、何度も着替えて修行の妨げになったことから、ゴミの
ようなボロ裂で作って、執着心や欲心を起こさないようにと戒められた。
・袈裟は今日のパッチワークの原点とも言える。
布の材料は用済みとなり塵芥のごとく捨てられたものを拾い集めたボロギレ。
それを一針一針、心を込めてゾウキン刺し(刺し子)にして、つなぎ合せて仕立てられた。
素材は野蚕の絹・木綿(インドは綿の原産地BC2500年)・麻布・鳥毛他に草や樹皮
糞掃衣(ふんぞうえ)・・・ゴミとして捨てられた汚れや破れたボロ裂を、繋ぎ合わせて
作られた袈裟をいう
又、納衣(のうえ)とも称した・・・・納とはボロ布又は、つなぎ合わせての意
(釈尊は一枚の衣で六年間も苦行されたので、悟りを開かれた時はつぎはぎだらけの
ぼろぼろになっており、袈裟を着けることは
如来(仏)の心(慈悲)を身にまとうこととなる訳です。
・色は外面からすぐに判別し易いため重要視された(民衆は白や色模様のものを着ていた)
布の色目は鮮明な五正色(青・黄・赤・白・黒)を避け、不正雑色(壊色(えじき)と
いわれる濁った汚い色。
@銅錆の汚れた色
A河底のヘドロの色
B木蘭色或いは鉄錆で汚れた色の三色を指す。
木蘭色とは木の実・樹皮を煎じて染めると赤褐色か黄茶系の色となるが、
木蘭という植物が存在する訳ではない。
・袈裟の語源
Ticivarak→Kasaya(カシャーヤ)→迦羅沙曳→加沙→袈裟
サンスクリット語・(古代インド語) 漢語
Kasaya(カシャーヤ)は赤褐色の意、漢字では壊色
・自分の袈裟は自分で作るのが原則・染める・裁断する・縫う(ほどけにくい返し縫い))
ま縫いであったが、いたずらで糸を引き抜かれ、立ち上がった瞬間ほどけて大恥をかいた
こともあったというエピソードもある。
・仏弟子と分るインド僧の日常着として作られた衣服は、長い年月を経て仏教が気候・風土の
違う国々へ移り広まっていき、身分が高くなるにつれ装飾的な意味合いが濃くなるなど、
様々に変遷していくことになります。
例
鎌倉時代・快慶作・東大寺僧形八幡神坐像
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袈裟一部分UP
彩色にも細かい縫い目が画かれている
(刺し子) .jpg) |
法衣・袈裟 (国・宗派によりその種類を異にする)
サイズや種類の違う長方形の布が三枚(三衣(さんね)と呼ばれる)
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名称 |
用途 |
大きさ |
形状 |
仕立て方
その呼び名
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仏像の衣
の呼び名
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外衣
三衣
(さんね)
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大衣
(だいえ)
上衣
(じょうえ)
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Sanghari
僧伽胝
僧伽梨
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最上着
又は
防寒着
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タテ3肘
ヨコ5肘
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九条
から
二十五条
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袷仕立て
複衣
重衣
重複衣
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大衣
納衣
糞掃衣
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中衣
中衣
(ちゅうえ)
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Uttarasanga
鬱多羅僧
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上着 |
タテ3肘
ヨコ4.5
~5肘
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七条以上 |
袷仕立て
一重仕立て
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小衣
下衣(かえ)
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Antaravasara
安恒羅婆裟
安陀会
Nivasana
涅槃僧
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下着
裙
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タテ2肘
ヨコ4.5
~5肘
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五条 |
一重仕立て
単衣
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裳
裙
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| 内衣 |
・偏衫(へんさん)(肌着) ・僧祇子(そうぎし)又は衣
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* 1肘・・・肘から指先の長さ(42~45cm)
さて、袈裟の着装法について
偏袒右肩・・左肩にまとい右肩をあらわす、古代インド僧の最敬礼の姿
通肩・・・・僧衣を着する際、両肩を衣が覆う
の方法を理解出来ても立派な着装はむつかしく、そこで私共は実際に一歩近づくための
試みで、宇治平等院石丸執事の計らいで京都下京の仏具店の井筒風俗博物館に出かけ、
館の解説員の方達から見られた袈裟にまつわる歴史を聞き実物等も見せて頂いた。

いろいろ知り得たこともあるがなお着装するには充分でなく、後日こちらで考証の上
作り上げた実物大の袈裟を携え、今度は宇治平等院石丸執事を訪ねる。ありがたいことに
師は話を聞いて下さり、この袈裟に目を通して、私共のために目の前で自ら着装の、
一瞬一瞬ポイントを教えながら、仏像・仏画を見るごとく最後には、ひとすじの衣の裾が
襞になるまで整えられ、やがて着装を終え、師は静かに合掌され頭を下げられた。
そのお姿に接し私共の感動と感謝。思えば私共お互いの仕事柄、時を同じくして仏像の
衣に興味を持ち、調べ始めた当初から考えると、どれ位多くの身に過ぎた方々からご協力
ご指導を頂いたことかと心から感謝している。
上記に書かせて頂いた様に袈裟に関する様々なことを少なからず知り得ましたが、
同時に“袈裟に関する大事な心”も学ばせて頂いていることに気付いている昨今です。
最近は情報を下さる方々も多く、寺や美術館に保存されている、逸品で貴重な袈裟を見に
参ったり、又私共の一人はチャンスを得て、中国敦煌莫高屈の古仏群の実物にお目に
かかったりと、袈裟に関する興味をより深めております。
今に至り形・色・サイズ・作成法等 私共が考えて作りました袈裟の実物です。
袈裟の素材について
当初は主に木綿(インドは綿の原産地BC2500年)か麻布であったと思われます。
その後中国おいて絹や錦で飾られていきました。
今回、この袈裟はポリエステル系の化学繊維で作製してあります。しわになりにくく、
体に纏わり付かないので、衣文の流れを美しく表現できる化学繊維の特性を活かしました。
尚、試着用の袈裟を何点か用意しておりますので、着装をお試み下さい。
この袈裟について何か御用の方は遠慮なくお尋ね下さいます様、付け加えさせて頂きます。
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裳
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僧祇子(そうぎし)
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納衣(大衣)
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| 敦煌328屈 盛唐時代 |
A河底のヘドロの色 |
@銅錆の汚れ色
B鉄錆で汚れた色
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偏袒右肩 |

敦煌259屈 北魏 通肩 倶舎曼荼羅(12c初)より袈裟(三衣)を製作

小(下)衣・裳 偏衫(肌着)袈裟の下着 中衣・ 偏袒右肩 大衣・通肩
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