鉱物採集

今年4月の初めいつもの日課になっている散歩に出かけた。 大体雨が降らなければ毎日午前中をかけて、一万歩を目標に散歩する。定年を過ぎると体力の低下を自覚することが多い。 それに家に引きこもっているとストレスもたまってくる。   私にとって散歩は気分転換と体力維持に欠かせなくなっている。 いつも同じコースをたどると飽きてくるので毎日少しずつ散歩するコースを変えている。 その日は海岸よりのコースを選んだ。 天気は快晴で気分も何となく晴れる。 4月の上旬は気温も暑からず、寒からずで散歩にはもってこいの季節だ。 海岸には遊歩道のようなものがあって道が狭くなっており、途中に階段もあるので車は入ってこない。 道路には片側に波除のコンクリート塀が設置されているが、ところどころ波打ち際に降りられる出入り口も設けられている。 この日は波うち際に出て見たくなって階段を下った。 階段を下りると波打ち際までは約50メートルほど岩石の混じった砂浜が続いている。  浜辺に出ようと何気なく歩いていると、赤いきれいな石を見つけた。 そのへんを見渡すと他にもいろいろな石がある。 ふだんはあまり石ころなど気にかけたことがないのだが、なぜかこの日は石探しに夢中になった。 ただ、石を探すといっても目的があるわけではない。  地質学とか、鉱物学などの知識が全くないので、見た目が綺麗とか形が面白いとか、他愛ない理由で選んでいるだけである。 それでも10個近く拾った。 幼い日近くに川原があったのでよく石拾いをした思い出がある。 年をとると童心に返るのであろうか。 それに自分の見つけた石がひょっとして意外な掘り出し物ではないか、という厚かましい夢まで芽生えてくる。 それにしても自分が拾った岩石がどういう種類の石なのか、石の名前は何なのか現在の自分には全く見当が付かない。 これでは石の価値を云々する以前の問題である。 そこで早速近所の書店に足を運び、岩石と鉱物の写真図鑑を求めてきた。 ところが図鑑を広げて見ても自分が拾った石に似た写真がぜんぜん出てこない。 写真を見て岩石をすぐ識別(同定というそうである)できるのには相当の知識と経験が要るということがよくわかった。 それで年寄りの冷や水になる恐れも十分なのだが、少し鉱物の勉強もしてみようかという気になった。 図鑑の写真を見ていると随分綺麗な鉱物がいくらでもある。 赤、青、黄色、紫、水色、ピンク、金、銀、透明、と数え上げればきりがない。 絵の具にある色はほとんど揃うのではないか。 しかも同じ鉱物でも多種類の色を持つものがたくさんある。 たとえば水晶。 よく知られている無色透明、紫のほか緑色を含めて10色近くある。 インターネットで鉱物愛好家のホームページ、博物館のホームページなどを調べるときれいな鉱物標本が多数掲載されている。 私はこの綺麗な鉱物標本にすっかり夢中になってしまった。 このごろでは暇さえあれば鉱物採集に関連するホームページあさりに余念がない。 一度はぜひ産地の鉱山などにも足を運んでみたいと思っている。  

4月26日から3日間大阪天満橋のOMMビルで「第9回石ふしぎ発見展」が開催された。 これは鉱物、化石、宝石、銘石の展示、即売会である。 私はこの展覧会の開催をインターネットで知り、早速初日の4月26日訪れてみた。 私の知る限りではテレビ、や新聞で展覧会の開催を広告していた訳でもなく、愛好家だけのごく内輪な展覧会だと思っていた。 入場は午前10時からで私は20分ほど遅れて現地に到着した。 100人も入場していればと予想して入場したのだが、どうしてどうして結構広い会場がほぼ満員状態。 その活況ぶりにびっくりしてしまった。 入場者は老若男女を問わず、特に若い女性の多いのが目立つ。 これは会場で宝石やアクセサリーの展示即売が行われており、価格もかなり安い。 80以上の業者が出展しており、多数の中から好みのものを選べる、といったメリットもあるためだろう。 東京や、愛知、三重など遠方からの来場者もかなりあるようだ。 中には目の肥えた常連客もいるようで業者に気軽に声をかけ値段の交渉をしている人もある。 時間がたつにしたがってますます入場者が増え、会場は混雑してきた。 自分の希望するブースに進めなくなり、ゆっくり展示品をみるゆとりがない。 展示品も結構売れており、かなりの売り上げを記録した業者もあるようだ。 ただ混雑のため業者の目が行き届かず、万引きの被害も気になる。 私も会場をあちこちうろついて、乏しい知識の中から藍銅鉱、菱マンガン鉱、天青石、ラズーライトなどの安いものを何点か求めた。 私にとって珍しい鉱物がたくさん展示されており、時間が許せば一日でも見ていたかったのだが人の混雑で疲れるのと、会場の室温の上昇に閉口して昼過ぎに退散した。 ここで感じたことは世の中不況不況といわれながら、結構商いが弾む商売があるものだということ。 それと鉱物に限らず美しいもの、綺麗なものへの関心を持つ人が以外に多いということ。 私もこれから美しい鉱物を求めてゆっくり努力したいと思っている。  


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