警戒 米の知的財産権保護政策

理化学研究所のエリート研究員である岡本 卓氏とその友人であるカンザス大学助教授芹沢明宏氏が、遺伝子サンプルを違法に持ち出したとして経済スパイ法違反などで起訴された。  事件の詳細がわからない現時点で部外者である我々が憶測を述べるのは憚られるが、ただ感じたままを言えば未来ある研究者二人が、経済スパイという汚名を着せられて今後学会から抹殺されてしまう可能性があるのではないか、ということである。

二人が嫌疑をかけられているアルツハイマー病の研究は、その原因がまだ充分に解明されていないので、これが解明され治療法が確立されると人類にとって大きな福音となる。  それだけに分子生物学のエリート研究員である岡本氏を失う事は、我国のこの分野の研究が打撃を受ける事になりはしないか。

新聞の解説によると経済スパイ法という法律は、クリントン政権時代の1996年に成立した法律で、企業秘密の保護防衛を目的とする。
その適用範囲は広く、知的財産権に限らず、企業の財務や技術についての情報、技術者の頭の中にあるアイディアまで含まれるという。  又標本、試作品も対象になるので今回の事件の遺伝子サンプルも保護されている。 これらを不正に入手したり、壊したりすると罰せられ、入手方法についても買い入れのほか、盗み、スケッチ、着服などが含まれる。

この法律が出来た背景は、米国が産業政策の軸足をハードからソフトに移し特許権等の知的財産権の保護育成を国家戦略の中枢に据えたことにある。   一見して感じられる事は、この法律が非常に広範囲に企業の秘密保護を徹底しており、法律の運用次第では今まで全く問題なかった行為まで罰せられる可能性があるように見受けられる。

今回の事件は被告の岡本 卓氏が、それまで在籍していた米国のクリーブランドクリニック財団から我国の理化学研究所に移籍した際生じたもので、岡本氏の米国での研究内容と帰国後のそれとは一致する。   このためクリーブランドクリニック財団を退職する際今後の研究活動について、完全な了解を得られないまま理化学研究所に移籍したのではないかと推測されている。

岡本氏が取り組むアルツハイマー病の研究は、成果次第では大きな商業的利益に結びつく可能性があり、財団としても氏の移籍を極力阻止しようとして円満退職が出来なかったのではないか。  今後も米国の企業や研究所に勤務する外国人研究者は、今回の事件のようなトラブルに巻き込まれる可能性があり、その移籍に関しては充分注意を払う必要がありそうだ。

知的財産権を保護する為には、個人の転職や、転職後の職務内容まで制約を受けるのではないかと危惧される。  個人の名誉や、自由と知的財産権の保護をどう調和させるか、今回の不幸な事件は深く考えさせられる。

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