童話・さちこ泳げたよ

 幸子は最近、元気がありません。それは来週から水泳の授業が始まるからです。幼稚園の時に溺れかけたことがあって、それ以来、水が怖くてプールに入ることができません。幸子は、学校から帰るとリビングに置いてある水槽の中の金魚にえさをやります。最近は金魚の泳ぎを毎日のように、ながめています。そして、「金魚さん、どうしたらそんなにうまくおよげるの。」と問いかけるのでした。この日は、いつの間にか金魚を見ながらソファーで眠ってしまいました。
 気がつくと、幸子は、体が小さくなっていて金魚の水槽の中にいました。不思議なことに水の中なのにこわくありません。息もできました。キッチンで、お母さんが夕飯の支度をしているのが見えました。金魚達がこんなふうに私達家族を見ていたと思うと何だか新鮮でした。五匹いる中の一番大きな金魚がそばにきて幸子に言いました。「さっちゃん、いつもぼくたちの世話をしてくれてありがとう。お礼にさっちゃんが泳げるようにするから、まかしておいて!」と言ってくれました。幸子は「わたしおよげるかなあ?」と自信なさそうに言ったら他の金魚達が、そばに集まってきて「大丈夫だよ。」と口々に言ってくれました。みんなで幸子を応援してくれています。
 そばにいた金魚が「まずは水に慣れることから始めよう、力を抜いて、手と足を伸ばしてごらん。」幸子は言われた通りにしました。最初は、うまくできませんが金魚達が下から支えてくれるので安心して力がぬけました。すると体が自然と浮き水面に出てきました。あんなに水が怖かったのがまるでうそのようです。だんだんとおもしろくなってきました。「今度はバタ足をしてごらん」ここでも金魚達はバタ足がしやすいように手助けをしてくれました。「次は息継ぎのけいこだよ。腕を交互に水中に入れて手で水をかいてごらん。」すると前に進みました。「水中で息を吐ききってね。そうすれば水面から顔を出して一杯空気を吸えるよ。」しかし、息つぎは、なかなか難しくて思うようにできません。
体が水中に沈んでしまいます。二匹の金魚が幸子の体を下から支えてくれ、何度も繰り返していると支えなしで幸子はうまく息つぎもできていました。「それじゃ次は一人で泳ごうか。」幸子が不安そうだったのを見て金魚達は胸びれを回して幸子を笑わせてくれたので、自然と肩の力がぬけました。言われたことを思い出して泳ぎました。するとどうでしょう。泳げているではありませんか。
「さっちゃん、よくがんばったね。できたのだから、自信をもって泳げばいいんだよ。」「うん、ありがとう。」幸子は、泳ぐことがこんなに楽しくて気持ちがいいなんて今までは考えられませんでした。早く学校で泳ぎたくなりました。
 その時「幸子、起きなさい。ごはんよ。」お母さんの声で目が覚めました。「なあんだ、夢か」幸子は水槽の中を見ました。金魚達は胸びれを回しているのが見えました。
 幸子は「お母さん、水着を出しておいて、今年は泳ぐからね」お母さんは自分の耳を疑いました。「幸子、今なんて言ったの?」「水着だってば!」お母さんはびっくりしています。いったい何があったのか幸子に聞いても教えてくれません。運動の好きな幸子が唯一水泳だけができなかったのですから・・・。ともあれ、お母さんも嬉しそうです。

 数日して水泳の授業の日がやってきました。友達のかよちゃんが、幸子が泳ぐと知って驚いています。毎年、見学していたのですから無理もありません。幸子は、かよちゃんだけに夢の話をしました。すると、かよちゃんは「大丈夫?」と言いながら心配そうにしています。幸子は「金魚さんに教えてもらったことをすれば泳げたよ。」と自信たっぷりに言うのですが、かよちゃんは、やっぱり心配です。先生も「無理をするな。」と心配そうです。幸子は、泳ぎ始めました。その泳ぎを見ていた先生やクラスのみんなは、口々に「すごい!」と言っています。かよちゃんも最初は信じられませんでしたが幸子の泳ぎを見て嬉しそうです。クラスの一人が「だれに教えてもらったの?」と聞いても「それはないしょ」と幸子は、笑っています。かよちゃんの方を見てウインクをしました。だって金魚に教えてもらったと言っても信じてもらえるはずがありませんから・・・。

 学校から帰った幸子は、まっさきに金魚にかけよりました。「わたし泳げたよ」水槽の中を見ると五匹の金魚は立ち泳ぎで胸びれで拍手をして幸子に「よくがんばったね。」と言っているようにみえました。 幸子は、思いたったように自分の机の上の貯金箱から五百円玉を一枚取り出すと自転車でペットショップへ急ぎました。店に着くと「おじさん、美味しい金魚のエサを下さい。」と言いました。

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