童話 「おっかなじいさんが笑った」
 
 
ある町に苦虫を噛み潰したような顔をしたおじいさんがいました。
この人は昔、高校野球で甲子園に出て活躍した選手でした。
仕事の傍ら少年野球を指導することを生きがいにしてきましたが、
定年後は子供が減ってきてチームも無くなり、最後に教えていた隣の実君も
引越していきました。悲しいことは続きます四十年連れ添った奥さんが
亡くなったのです。それ以来おじいさんは家に引きこもり誰とも
話さなくなりました。たまに近所の人と目が合っても睨みつけるしまつです。
以前は、にこやかな人だったのでしたが・・・。

 ある日、隣に田中さん母子が引越をしてきました。子供は 四年生の真吾君です。
母子は夜、引越の挨拶をするため、おじいさんの家のチャイムを押しましたが返事が
ありません。お母さんが、「灯りがついているのにねぇ。」諦めて帰ろうとした時、
物音がしたので振り返ったら窓におじいさんの姿がくっきりと映っていました。
二人の姿を見ていたのに違いありません。真吾は「いるのになぁ。」と首をかしげました。

 あくる日、おじいさんが庭の花に水をやっているのが見えました。真吾は駆け寄り
「おじいさん、おはようございます。」と声をかけました。ところがおじいさんは知らん顔です。
今度はより大きな声で「おじいさん、おはようございます。」と言いました。
するとおじいさんはおっかない顔をして、「わしは、あんたのおじいさんじゃあないわ。」
と心にないことを言ってしまいました。真吾は唇をぎゅっと噛んでおじいさんを睨みつけ
走って学校に行きました。おじいさんはきまりが悪くなって花を一輪摘み家に入り
お仏壇に供えました。すると、どこからか、おばあさんの声がしました。
「あなた、だめじゃあないですか。真吾君にあんな言い方をして・・・。今どき挨拶が
できる子供さんて感心じゃあないですか。おまけにあんな怖い顔をして、今あなたのことを
ご近所の人達は(おっかなじいさん)と呼んでいるのですよ。どうも真吾君は
野球少年みたいだし、また一緒にに野球ができるかもしれませんね。子供に野球を
教えているあなたは素敵でしたよ。お願いですから素直になって早く私を安心
させて下さいね。」おじいさんは少しうなだれていました。「わかったよ。」とおばあさんの
写真をそっとなぜました。おじいさんは思いたったように物置に入り何かごそごそとやり
始めました。

 その日の午後、真吾は学校帰り、おじいさんの庭に野球のバッティングネットが
立ててあるのに気が付きました。{あれっ、いったい誰が野球をするんだろう?}
と気になりました。家に入ると窓からおじいさんの庭をずっと眺めていました。
間もなくして、おじいさんがバットを持って素振りを始めたではありませんか。
ブン、ブン、ブンとキレの良い音が聞こえてきました。真吾はその光景に
{すごいなあ!}と目をパチクリして、いつのまにか庭の入口に立っていました。

おじいさんは真吾に気が付いて「一緒にやるか?」と声をかけました。
真吾は「うん」と頷きました。あんなに怖かったおじいさんの顔が、にこに
こ笑っています。
それを見た真吾も笑っていました。
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