童話 「 お母さんからの手紙」
 のぞみは学校帰り、いつもの元気がありません。来週の授業参観の日にお母さんのことを書いた作文を
発表することになったからです。
 のぞみはお母さんを知りません。玄関のドアを開けるなり「姉ちゃん、アルバム貸して」と大きな声で言
いました。奥から姉の桃子が「なによ、ただいまも言わないで、お母さんが恋しくなったのかぁ」「そんなん
じゃないよ」のぞみは桃子をにらみました。訳を聞かされた桃子は「のぞみごめんね」とあやまりました。
 アルバムの一ページ目にある写真は生まれたばかりの桃子をうれしそうに抱いているお母さんが
写っていますのぞみは、それを見て「ぼくの時も喜んでくれたのかなぁ?」とポツリと言いました。
桃子はのぞみに「お母さんは私がひとりっ子だったら寂しいだろうと思っていてのぞみを妊娠していたと
分かった時は飛び上がって喜んだのよ。お母さんの心臓が悪く生むのは危険だと言われても奇跡を信じて
のぞみを生もうと決心をしたと言っていたわ。名前も生まれる前から『希』と決めていたし、のぞみはお母さんのお腹にいる時から元気でよくキックをしていたよ。お母さんは痛いと言いながらうれしそうだったなぁ」
「この写真を見てごらん」それは桃子の十歳の誕生日を祝ったものでした。テーブルの上には
おいしそうな、ちらし寿司がありました。桃子は「錦糸卵を手伝ったのよ」と得意そうに言いました。
お母さんは予定日を過ぎていてお腹も随分大きくなり辛そうに見えました。
桃子は「毎年、誕生日の三月三日の夜にひな人形を片付けていたの。お母さんが言うのには私がお嫁に
行くのが遅くれないためだと言っていたわ」その片付けている最中に陣痛がはじまってお母さんが
「この痛みは十年ぶりに思い出したわ。桃子と同じ日に生まれそうねぇ」と嬉しそうにしていたなぁ・・・」と
懐かしく思い出しているようでした。 「姉ちゃん、ぼくもちらし寿司食べたいなぁ」桃子は「今度の誕生日に
作るから、のぞみも手伝ってよ」「うん、わかった」  
 誕生日の当日、ちらし寿司もうまくでき上がりお父さんの帰りを待っていました。
玄関のチャイムがなりました。のぞみは「お父さんだぁ」走ってドアを開けました。  
そこには郵便の配達の人が立っていて、のぞみに「本日指定の手紙です」と言って二通の手紙を渡され
ました。のぞみはお礼を言ってドアを閉めました。奥にいた桃子が「お父さんじゃなかったの」
のぞみは「姉ちゃんとぼくに『田中節子』さんから手紙だよ」それを聞いた桃子は「うそ?手紙見せて!」
「のぞみ、これお母さんの字だよ」のぞみは意味がわかりません。
その時お父さんがケーキを二個持って帰って来ました。桃子がお母さんから手紙が来たことを言うと
お父さんはその手紙はお母さんがのぞみを生んでもしも自分が死んでしまったら十年後の誕生日に
二人に宛てて配達されるようにお父さんに頼んでいたのでした。
でもお父さんはそのことをすっかり忘れてしまっていました。
 
  桃子へ
 二十歳おめでとう。あなたには色々負担をかけていることでしょう。ごめんね。
また寂しい思いをさせてしまっているね。お母さんは桃子と一緒に料理を作られて嬉しかったよ。桃子は
手際もよく錦糸卵は上手にできていたわ。きっと料理上手な娘になっていることでしょうねぇ。これからも
お父さんとのぞみのことよろしく頼みます。いつも見守っていますよ。
お母さんの子供に生まれてきてくれてありがとう。     節子

  希へ
 十歳おめでとう。元気な男の子に成長していることでしょう。寂しい思いをさせてごめんね。 
お姉ちゃんは、お母さんのDNAをすごく受け継いでいるからお母さんと思って言うことを聞いてね。
お母さんはいつものぞみのそばで見守っていますから、のぞみもお父さんとお姉ちゃんを守ってあげてね。
お母さんの子供に生まれてきてくれてありがとう。     節子

桃子とのぞみはお母さんの手紙を読み終わるや涙を浮かべていました。  
桃子はのぞみを抱きよせるとのぞみは「わー」と声を出し泣きました。

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