「どちらにしても、今ある情報だけで犯人を特定するのは難しそうですね。連絡先をお教えするので、何かあったら連絡下さい… 電話番号は…」

 立て続けに電話番号を伝えようとする私に男は、
 「ちょっ… ちょっと待ってください! いきなり言われても覚えられませんよ!…そ、そうだ、名刺か何か頂けませんか?」

 「スミマセン、今名刺切らしてまして♪」
 意地悪く畳み掛ける私、

 「え…ええっと、困ったな…」
 予定外の展開だったのだろう戸惑う男に私は、

 「では、あなたの名刺を頂けますか?折を見てこちらから連絡させていただきます。」
 さらに追い討ち、

 「え…ええっと… 実は私も名刺を切らしてまして…」
 しどろもどろになりながら、男は言い訳をする。

 「そ、そうだ!私の連絡先をお渡ししますよ。」
 そう言うと男は、手帳にさらさらと電話番号を書き始め…


 「あなたは誰ですか?」


 出し抜けに問う私に、明らかにうろたえる男は、
 「え、最初に言ったじゃないですか…イヌオですよ…」
 そわそわと連絡先を書きながら応える。

 「そのメモの使い方、間違ってますよ?」
 きっぱりと言う私。

 「は!?」

 「メモは基本取るものです、その様に相手に情報を渡すために使うのは、例外的な使い方です。」
 「そ、それがどうしたと言うんですか!?」

 「なぜさっき私が、連絡先を伝えようとした時、メモを取らなかったんです?」
 「そ、それは、突然の事で…」

 「その手帳、相当使い込まれてますね…」
 「それを拝見したとき、かなりのメモ魔と推測したのですが、あなたにはメモを取る習慣はありませんね?」

 「乱れの無い服装から、几帳面な方と思いきや、アポも無く事務所を訪れ、名刺を忘れ…」
 「友人宅の住所を暗記している記憶力がありながら、電話番号も覚えられない…」

 「あなたは誰ですか?」
  再度問う私に、

 「え、最初に言ったじゃないですか…イヌオですよ…」
 力無く最後の抵抗を試みる男

 「いえ、あなたが演じようとしているメモ魔で几帳面で記憶力の良いイヌオさんではなく、あなた自身のお名前ですよ?」

 押し黙る男に事件の真相を語る私。

 「ここからは、私の推測ですが、イヌオさんを殺そうと計画したあなたは、7日前にまずイヌオさんを誘拐し、イヌオさんに成りすますために所持品を奪った…」

 「しかし、似たような体型だと思っていたイヌオさんとあなたは、服のサイズが微妙に合わなかった。」

 「あなたはサイズの合っていない服を着る違和感を消すため、イヌオさんと同じデザインで自分に合ったサイズの服を購入。」

 「3件の自作自演の殺人未遂事件を起こし、探偵事務所に相談に来ました。ここでのポイントは2つ。」


 「イヌオさんの顔見知りでない事件の目撃者を作る事と、イヌオさんに恨みを持つ知人5人を容疑者にすること。」


 「こうすれば、警察は今日を境に行方不明になったイヌオさんの捜査を始め、実際にあなたがイヌオさんを誘拐した7日前の事件が隠しやすくなります。」

 「おまけに容疑者は自分以外の5人に絞られ、あなたに捜査の手が及ぶ心配は無くなりますからね。」

 「これから、殺害日時にアリバイを用意した上で、イヌオさんを殺害する計画なんでしょう?」


 「な…何を言い出すかと思えば!? でたらめだ!! 証拠はあるのか!」

  言う男に私は…


 ポケットからカメラを取り出すと、間髪いれずに相手を撮った。

 「これで証拠は手に入りました、これを先ほど聞いたイヌオさんの友人知人に確認してもらえばあなたがイヌオさんでない事が確認取れますし…、ひょっとしたらあなた自身の正体も分かるかも知れませんね!」

 「い、いつの間にそんな物を…」

 「あなたが門扉から玄関に歩く間に…、こんな雨の日に新品の背広を着てくる人なんて普通はいませんよ? よほど大切な人に会う時なら話は別ですが…、 多分あなたは3回の殺人未遂劇を演じた際に背広を破ってしまったのでは? だから、今日は新品を用意して来たんでしょ?」

 「それに、駅から徒歩で来たあなたは折り畳み傘を差していました。 でも鞄は持っていない… おかしいですよね? 自宅から傘を差して来るなら、折り畳み傘は普通は選びません。」
 「折り畳み傘は念のために鞄に入れておく物なのに…鞄は無い…」

 「恐らく、その折り畳み傘は誘拐した時に持っていたイヌオさんの所持品なんでしょう? イヌオさんを演じる為に、自分の傘ではなくイヌオさんが所持していた折り畳み傘を差して来たのが仇になりましたね。」

 こちらを睨む雨の訪問者… 言葉には出さないが明らかに「かくなる上は…」と言っているようだ…

 その時、門扉の前に車が止まる気配…

 「!?」

 慌てる男に、落ち着き払って私は言う、
 「言ったでしょう? あなたが玄関をくぐる前から怪しいと思っていたって、だから呼んでおきました。」

  ハッタリだ、もちろん『誰を』は言わない。

 「イヌオさん…まだ生きているんでしょう? 今なら、殺人犯にならずに済みますよ?」



 雨の訪問者は完全に観念した…




 紫陽花の咲く探偵事務所の玄関へと続く小さい庭を、傘を片手に真新しい背広を着た男が歩く。
 年の頃は10台半ばだろうか、乱れの無い服装と、約束の時間のきっちり15分前の到着から彼の誠実さが伺えた。

 運転手を兼務する執事を引き連れて、手にはドーナツ屋さんの紙袋…

 「先週のドーナツ屋さんね… あれは美味しかったなぁ…」
 一週間前の味の記憶を反芻しつつ、あの時シナモンが好きだと散々言っておいたから、あの紙袋は間違いなくシナモンドーナッツだ…

 台所には、3回計量して用意した茶葉に、ヤカンのそばの温度計…

 恐らく今度こそ完璧な仕上がりとなったであろう紅茶と、未知なる激ウマドーナッツのティータイムと

 几帳面でメモ魔で記憶力抜群なうえ、沢山の人から嫌われているであろう未知なるイヌオさんを秤にかけ…

 ちょっとだけ、『助けに行くのはティータイムの後でも…』

 …と思わなかったら嘘になるが、やはり今も監禁されて恐ろしい思いをしている人を放って置く訳にはいかない。

 「はぁ、仕方ないか…」

 そう呟くと、今朝の練習で失敗してすっかりぬるくなった紅茶を水筒に詰めて、おとなしく観念した男を引き連れ玄関に向かう。

 勢い良く玄関を開け、玄関先でチャイムを押そうとしていた所の、チョトン顔の彼に言った。

 「ちょうど良いところに来たわね! 車を出して頂戴!! 詳しい話は車の中で紅茶とシナモンのドーナッツを頂きながらしましょうか?」


 こうして無事、殺人事件は未然に防がれた、良く考えたらこのシリーズで人死にが無かったのは初めてでは無かろうか?


 そして私は、結局再度紅茶の淹れ方のレクチャーを受ける羽目に… だから、あれは失敗作の方なのよ〜



 はぁ…、探偵業とはかくも虚しい物なのだ…



 Fin