OFFLINE NOTE 【プロローグ】

地響きをたてて、巨大な肉塊が倒れこんだ。それが『彼女』に間違いないと確信しながらも、 もはやどうする事も出来なかったし、そんな余裕も無かった。やるしかなかったのだ。 精神体であるそれを完全に滅ぼす事は不可能かもしれない…しかし、精神体であるが故に 己の媒体となる有機体を欲していたそれ…返せば、その寄り代を破壊さえすれば当面の危機は去るのである。
「ごめんなさい…私は…私と、私の周りの人達の方が…大切ですから……」
貴方のように皆の事を考えて、皆の為に動くなんて事は出来ない… 貴方は『性分だから』と言いつつも『皆が望む英雄』の型にはまってしまった… 『レッドリング』の二つ名は、私には、貴方にはめられた手枷にしか見えなかった……

『彼女』の左腕にはまった赤い腕輪が煌めいた時、その巨体が振動を始めた。 死神の大鎌がそれに呼応するように明滅する……どうやら、最後まで 『彼女』に付き合う必要があるようだ……尤も、端からそのつもりではあったが。

突然、世界が真っ白になった。目を開けているのか閉じているのかすらわからないほどだ。 真っ白い暗闇の中でもがいても、伸ばす手は空を切るばかり…と、指先に何かが当たったような気がした。 全神経をそこに集中させる……肌触りの良い布の感触、その下には弾力のある何か… これは…ベッド?何故ベッドがこんな所に…いやまて『こんな所?』 ここは…どこだ?……私は何を?状況把握の為に思考をめぐらせるが、 考えれば考えるほど混乱の材料が増えるばかりである。(まて…まず落ち着け… ゆっくり、順番に考えよう……まず名前だ……私の…私の名前は………)
「IZAYA」
ゆっくりと口にする。とたんに意識がはっきりしてくる…同時に今まで見ていた何かが 混沌の中に飲み込まれていった。それは、何かとても大切なことの様で、 必至に手を伸ばそうとするのだが捕える事はできず、私はとてつもない喪失感に襲われた。 『ポトッ、ポトッ』…何かの音がする……自分が泣いている事に気が付いた時には、 既に視界は元に戻っていた。

ここはパイオニア2の居住区にある自室。ハンターとしてセカンドクラスに位置する私だから そうそういい部屋を割り当てられたわけではない。ただ部屋に居る時間など殆どないし、 生活する分には全く問題ないわけだが、ベッドだけはもう少しましな物が欲しかったりもする。 その粗末なベッドのせいだろうか、今朝(時計は既に昼前だが)の目覚めは最悪だった。 妙に頭が重い…何か夢を見ていたような気もするが、案の定思い出す事は出来ない。 かわりに『ラグオルへの到着予定日』が今日であったことを思い出した。

予定通りに進んでいるならば、今ごろは地上のセントラルドームとこちらの総督府間での 回線を確立し、政府、軍部の一部が既に地上に降りているはずだ。 民間人の移住は明日以降に順次行われるが、自分のブロックはかなり後半になる予定で、 代わりに…というかなんというか、移住開始ブロックの治安警備補佐の依頼を、 ギルド経由で受けていた。確か11時からそれに関しての打ち合わせがあるのだが、 既に三十分ほど遅刻だ。最悪だった。恐らく携帯端末に呼び出しメッセージが来ているだろう… 横目でそっと確認しようとした丁度その時、端末から電子音が鳴り響いた。

新人が連絡も無しに三十分も遅刻しているのだ、何を言われても仕方無いな…と腹を決める。 携帯型端末とシステムリンクしている室内のモニターが自動でONになる。 それを見て通常のコールではない事にやっと気づいた。
「EMERGENCY CODE !?」
ギルド直通の緊急通信だ、慌てて回線を開く。モニターにオペレータらしき女性が映し出された。
「声紋照合をお願いします。」
「IZAYA、パーソナルID WSWT000000-Pionire02、ギルドセクション SKYLY」
お決まりのログイン要求に、マニュアル通りに答える。内心はそれなりに焦っているのだが オペレータはお構いなしに続ける。
「フォースIZAYA、ハンターズギルドからの勅命です。 直ちに総督府第一ブロック、エリア1へ向かってください。」
「は、はい。」
あまり考えずに返事をしてしまった。