袁業功 [事業場名簿で袁業公]
藤永田012 〔袁其勇(子)の証言、2001年6月、民権県で聞き取り(張忠杰)〕
・父は1925年に生まれ1976年に亡くなった。1944年の秋に、父は日本人によって家から連れ去られた。そして日本の大阪の造船所で苦しい労働をさせられた。
・大阪ではマントウなどは食べさせてもらえず、食べ物はダイコンのしっぽやトウモロコシの粥だったので、いつも腹を下していたそうだ。病気になっても治療はしてもらえず、夜まで働かされる日が続き、日本で病死した人がいたことも話していた。