呂照根さんの証言

 43年に祖父が日本に強制連行されてから、一家は大黒柱を失ったために生活費の出所がなくなってしまいました。祖母は幼い父を連れて、命を保つために毎日物乞いをするしかありませんでした。そうした中で祖母は、夫を思い我が子を思うあまり、精神に異常を来してしまいました。そしてある日迷子になり、いまだに行方不明のままです。
 私の父は、自分の父がさらわれ、母までもいなくなってからは、頼れる者が誰もいない孤独の身となりました。10歳にも満たない子どもが、身寄りのない孤児になってあちこちを彷徨い歩き、この世の苦しみをなめ尽くしましたのです。月日は流れ、父も成人して一家を成し、子も得ました。私が物心ついてから、父はいつも私に、祖父が労工として日本にさらわれていった血と涙の時代を語って聞かせました。父は私に、決してあの時代を忘れてはならない、将来必ず祖父のために正義を取り戻さなければならないと語りました。そう語りながら父の顔は涙に濡れ、むせび泣きで言葉は詰まります。悲しすぎる一生を送った父は、2001年、治療の甲斐もなく病没しました。

 本当に、父は死ぬ瞬間まで祖父が帰ってくることを待ち望んでいたのです。
               (06年11月30日の証言)