李彦啓さんからの手紙

 拉致され労工として日本に連れて行かれた王同標という人(藤永田の田景周さんの伯父)が郷里に戻ってきてから、伯父の李世祥は日本で亡くなったと言っていたということです。

 伯父が拉致された当時、祖父母にしても為すすべがありませんでした。なぜならあのころは戦争の時代でもあったし、一介の農民は、苦汁を飲まされてもそれを腹に飲み込むほかはなかったのです。祖母は息子を思うあまり、それからしばらくして亡くなりました。その5年後、祖父も亡くなりました。そして伯父のことはそのままになってしまっていたのです。
              (2007年2月23日の手紙)