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唐招提寺 開山忌 2002.6.6

若葉して おん目のしずく ぬぐはばや    芭蕉

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今年は、唐招提寺の鑑真和上像の公開の期間が例年より長いようだった。御影堂の東山魁夷画伯の障壁画の絵は、観月会の時に見たし、金堂は修理中だし、今回はやめようかなと、思った。でも、芭蕉の句を思い出し、芭蕉も開山忌に鑑真和上像を拝んだのかなと思うと、悩んでしまった。(唐招提寺内の説明では、芭蕉は元禄元年陰暦4月8日に開山忌に詣でた、と書かれていた。)それに、「東大寺のすべて」展で、良弁上人や重源上人の像も見たから、続いて見てみるのも面白いかもと思った。鑑真和上も東大寺には、ゆかりの深い人だ・・。なんとなく、好きな入江泰吉さんの写真集を見ていると、緑のあおあおした葉と金堂の柱を横から撮った写真があった。入江さんも、芭蕉の「若葉して・・・」の句を意識したのかなと思うと、行きたくなってしまった。

前に薬師寺に行った時、尼辻で近鉄電車を降りたので、今度もまた尼辻で降りた。垂仁天皇陵の緑もあおあおとしていて、お堀の水がきらきら光っていた。途中の田んぼもすっかり田植えが終わっていた。4月に来た時は、この辺りから薬師寺の金堂、東搭、西搭がよく見えたのに、今日は木の緑の邪魔になってか、それとも私が見落としたのか、不思議なことに眼に入ってこなかった???

唐招提寺に着くと、御影堂をめざした。観月会の時には、御影堂のお庭に入れてもらったが、今日は寝殿造りの趣をもつ御影堂の建物の中に入れるようで、びっくりした。部屋の中に入れるんだ・・。観月会の時に、東山魁夷画伯の障壁画は見たが、障壁画に囲まれた鑑真和上像の御厨子の戸はぴたりと、閉められたままだった。障壁画はすばらしかったけど、又すばらしいだけに、真ん中の御厨子が閉まっているのがものたりないようにも思えた・・・。このお部屋の畳を数えてみると49畳だった。部屋の襖に海の絵が書かれていた。波のざざーという、音が聞こえてきそうな絵だった。

今日は鑑真和上像の前で一人ずつ、焼香させていただくことが出来た。ご焼香の列とは別に、少し離れえたところから座って見ることも出来た。でも見るという感じより、拝むって、いう感じだった。ご焼香させていただいてから、しばらくこの部屋に座っていたり、また、お庭が見える廊下に座ったり、ここは、お寺だなあと思った。
ただ、鑑真和上像を見るには、部屋の中は少し暗くて、表情とかはやはり見えにくかったように私は思う。鑑真和上像は、良弁上人の頭がきれるような感じでもなく、また、重源上人のように、深い皺を持っているわけでもなく・・・。それまでのご苦労がそんなに感じられないようなふうで、なんだか少しにっこりされている気もした。パンフレットとかの写真を見ていると、眼が見えないので、耳で、皆の話や様子を聞いているようにも思えた。この鑑真和上像は、1995年の奈良国立博物館の特別展にも出展されていたようだか、期間の違いで私は見れなかったけど、その時の図録に、「東夷伝において大和上は既に初地(菩薩の位の一)に入っていると記すことから、像主は菩薩とみなされて制作されていることにも注意しておく必要があるだろう。」と書かれていた。なるほど、もう人間を越えていたわけか・・。目の見えない、外国での毎日はどんなだったのだろう(鑑真和上が中国人とは、イメージしにくいですが・・。)確かに普通の人間を越えているなあと思った。

その後、御影堂を後にして、御廟(ビョウ、辞書で調べると、祖先の尊像または位牌を安置する殿堂.。たぶん、お墓だと思うのですが)のほうに行った。木が多くて、苔も沢山生えていた。沼があちこちにあった。森の中って感じだった。今日は日差しが強かったけど、この森の中は木陰がたくさんあって、苔の上に、木からもれてくる光の玉が揺れていた。沼では、亀が甲羅干しをしていたり、ウシガエルのが鳴き声がした。探してみると、大きいウシガエルが動いていて、びっくりした。

まだ、全然蕾もなかったけど、蓮の葉っぱのあおあおとしている、蓮の池をとおり戒壇へ。蓮の花は今年はいつ頃から咲くかな。きっときれいだろうなあ・・。戒壇の前での年配のご夫婦の会話。妻「戒壇ってどうしていうの?」夫「確かに階段(たぶんこの意味)が沢山あるなあ」と、なんか漫才みたいだった。戒壇は僧の受戒が行われるところ、とパンフレットには書かれていた。講堂には、修理中の金堂のしび(天平のものではなく、鎌倉時代のもの)があった。
芭蕉もおとずれ、井上靖の小説(天平の甍新潮文庫 ←クリックするとアマゾンのページのとびます)にもなったり、沢山の有名人が訪れてきた唐招提寺だな、と思った。

と、6月6日に唐招提寺を訪れ、思い出したのが、昔英会話を教えて頂いた宣教師の神父さまのこと。アメリカから、戦後まもなく日本にやって来られた。宣教師の人というのは、派遣された土地に骨をうずめる覚悟で来られているそうな。言葉、習慣、食べ物の好みも違い、親しい友達も少ない土地で住むのは、大変だろうなあ。・・

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