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東大寺二月堂修二会(お水取り) 食堂作法

★東大寺の修ニ会のページ http://www.todaiji.or.jp/index/hoyo/syunie-open.html
★私の関連ページ 修二会竹送り  ブログ 奈良国立博物館お水取り展籠松明3月15日達陀帽戴き・開山堂糊こぼし椿 お水取りのフォトアルバム
昼間に時間があったので、お昼の食堂作法の時間にあわせて東大寺の二月堂に向かった。今日は青色の服を着て。

食堂作法は12時かららしい。二月堂に行くと、松明に使われる竹がたくさん並んでいた。東大寺のはっぴを着たお手伝いの人達も、忙しそうに働いておられた。お昼の食事の用意もされているようだった。いつもは閉じられていたと思う食堂前の井戸は、今日は開いていて、そこから水を汲んだりされている方もいた。(若狭井とは別の井戸)その井戸をのぞいてみると、地面と同じくらいのところまで並々と水があったので、ちょっとびっくりした。(私のイメージでは、井戸の水は見えないくらい下のほうにあるものだったので)

食堂作法の行われる部屋がはっきりわからなかったので、同じように何かを待っているなあ、という感じのご婦人に食堂作法のことを聞いてみた。この方は、東京のほうから来られて、4日ほどお水取りのために奈良に滞在されていて、今日帰るらしい。その間何回も二月堂のほうに来られていたようだった。

12時に食堂作法が始まった。参籠所のほうから練行衆が出てきた。食堂の中は見れないかなと思っていたら、一箇所窓が開けられたままで中の様子をのぞくことが出来た。以前写真で見たような感じだった。床は黒い瓦の床だった。台みたいなところに畳がしかれていて練行衆はそこに座られていた。お経みたいなのが始まった。隣の男性が、聖武天皇とか聞こえたと話していたが、私にはさっぱりわからなかった。食堂作法について教えて下さったご婦人は、なにか一生懸命聞こうとしている様子で、献立をメモしたりもしていた。お味噌汁も運ばれてきたようでいいにおいがして、昼食がまだの私は少し空腹を感じた。12時半になると、お経みたいなのは終わって、ドアが閉じられた。練行衆の方達は食事をされるようだった。
食事の後、練行衆は懐紙に包んだご飯を、若狭井の屋根に向けて投げていた。鳥たちにも分けてあげるという意味があるらしい。一人だけかと思ったら練行衆みんなが投げていた。そして、また参籠所の方に去っていかれた。
練行衆の人達の期間中の食事や飲み物には、厳しい制限があるらしい。しかし、厳しい表情とかでもなくて、結構わきあいあいとされていたのは、少し以外だった。(写真はクリックすると拡大されます)

ご婦人に聞いたところ、13時から行が二月堂であるようだった。今日は1日6回おこなわれるらしい。ご婦人は行に参加されるのも目的のようだった。音を聞くという。「初めての人には平日の比較的人の少ない時も、よく聞けてよいかも」と教えてくれた。二月堂に登って、お堂の正面の畳のところに座って格子の間からお堂の中を覗くと、蝋燭の火が白い布の向こうで揺れていた。白い布が上げられたときもあって、造花の椿の花も見えた。二月堂の上のお堂の正面の畳には、あまり沢山の人はいなかった。
練行衆があがってこられて、下駄に履き替えた。二月堂の内部は床になっているから、この下駄の音が、お経の合間にどたばた、どたばた聞こえた。お堂の中をまわっているらしい時もあった。鈴の音も聞こえた。お経を読み上げる練行衆の人たちは、皆声がいいなあ、と思った。跳び箱の踏み込む時の台(なんていうのかわからなくてすみません)みたいなので、どどーんと音をたてている時もあった。その役は、今日は若いお坊さんだった。

ああ、懺悔しなけばならないなあと思いながら、畳のところに座っていた。
日差しは暖かそうに思えた最近も、今日は少し寒かったようで、余り厚着をしてこなかった私は、段々寒くなってきた。手袋も持ってこなかったし。13時半過ぎに二月堂を後にしたが、行はまだ続いているようだった。あのご婦人は、二月堂の正面ではなく横のほうの部屋みたいなところに座って、音を聞いているようだった。こちらの部屋のほうが、少し暖かかったのかも、などと私は考えたりしていた。
二月堂の階段のところで、東大寺の方が、松明の燃え残りをお掃除されていたので、1つ頂いてきて玄関においた。
魔除けとなるかなあ・・・・。