「○○(わたしの名前)〜、畑にイチゴが少し生っているから、採ってきて食べんかい〜」田舎の家に帰ってきて、居間でウダウダしていると、父が言った。
家の東側の小さな畑で、家族で食べるだけ量の、色々な野菜を父が作っていた。
その畑の隅っこのほんの一畝がイチゴのスペース。毎年大体失敗するのだが、今年は実を結んだのだろう。
「うん、じゃあ、採ってくる。」
わたしはツッカケを履いて畑に行った。日差しがまぶしい。暑い。
イチゴ〜は〜?
イチゴ畑(畑と呼べない狭さ)を隅から見て、赤く実ったイチゴを探す。
あれ?全然生ってないやん・・・葉っぱばかりで全然実が付いてない。
それでも意地になってしつこく探すと・・・あっ!あったぁ!!
やっと葉の陰に小さく実っているイチゴを発見。
・・・と、異様な人の気配に振り向くと
そこには玉網を振り回す老人が!!
「ちぃぃーーっ!!せっかく2匹いっぺんに捕ったのに、逃げられてもた〜ぁ!」
・・・我が父であった。
いつの間にか、わたしの後に畑にやってきたのだろう。
「何やってんの、おとうさん。そんなもん振り回して。」
「チョウチョ、捕ってんねん。」
と言いながら、なおも父は玉網を振り回した。
見れば父の回りをモンシロチョウがヒラヒラ飛んでいる。玉網を大振りしているので全然捕れない。
「そんなに大振りしてたら、捕れないよ〜、わたしが取ったろか?」
「捕ってくれっ!」
父はわたしに玉網を手渡した。子供のときから虫取りが得意なわたしはすぐに1匹を捕まえた。
「捕まえたよ〜!これ、どうするの?」
「殺してくれっ!」
恐ろしいことを父は叫ぶ。
「そんなのわたし、殺せないよ〜。殺すんやったらお父さんやってよ。」
わたしがそう答えると、父はパタパタ走ってきて(長靴を履いているので動作がのろい。)玉網の網の上からモンシロチョウを踏んづけた。
「あ〜ぁ・・・かわいそうに・・・、何でこんなことせなあかんの?」
「キャベツに卵を産んでキャベツが穴だらけやっ!もう1匹も、早よ、採ってくれっ!」
イチゴの横にキャベツが3つ並んでいる。
訊けばこのキャベツは完全無農薬で作っているとか。
それでこの季節、農薬のついていない安全なキャベツに卵を産みつけるべく、モンシロチョウがやってくるのだ。
父の目を逃れたモンシロチョウが生みつけた卵が青虫となり、父が育ててきた貴重なキャベツの葉をムシャムシャ食べて穴だらけにしたらしい。
確かにキャベツの外側の葉は、悲惨な状態だ。
これまで青虫は発見次第、抹殺した、と自慢気に父は言った。(青虫は父でもすぐに捕まえられる。)
「やっと葉が巻き始めたのに、また穴だらけにされたら、かなん。せやからこうやってチョウチョ採って殺してるねん。」
大変やね〜、お父さんも・・・キャベツの番人や。
わたしは2匹目のチョウを捕らえ、父がまた足で踏み殺した。あ〜ぁ。
チョウがいなくなり、玉網を父に返して、わたしはキャベツを覗き込んだ。
葉が巻いている中心部分は、父の奮闘の甲斐あってきれいなものだ。
っと・・・おおっ!!これはなんだ〜ぁ?!
なんと柔らかい内側の葉には、既にたくさんのモンシロチョウの卵が!!
「お父さん〜!もうなんか卵いっぱい産みつけられてるで〜」
「えっ!?なんやて〜!?取ってくれっ!」
父は老眼なのでモンシロチョウの小さな卵は、見つけられなかったのだ。
わたしは葉を指で撫でて卵を取った。
1日のうちで、たかだか小1時間ほどの時間、キャベツの番人をして玉網を振り回しチョウを捕らえても、あとの時間は無防備。
モンシロチョウはやって来放題、卵産み放題。
そんなにムキにならんでもええやん、もう・・・。