おばあちゃんの家の庭の隅には小さな畑があって、そこには季節の野菜がいつも植わっていた。小学生の頃、そのおばあちゃんの家に春休みに遊びに行ったとき、畑に植えられていたキャベツの葉に黄色のつぶつぶがへばりついているのを見つけた。
モンシロチョウの卵である。
それまで図鑑や本でしかモンシロチョウの卵は見たことがなかったが、虫眼鏡で観察すると、芥子粒ほどの大きさのくせに、とうもろこしのように縦横の筋が見える。
わたしは卵のついているキャベツの葉ごと海苔のビンに入れて家に持って帰った。
卵の数は全部で20個はあるだろうか。これが本当に青虫になるのかな?
もし青虫になるとするとすごい小ささだ。キャベツが乾燥しないように霧吹きで水分を補給したりしているうちに卵が孵り青虫になった。なかなかかわいい。チビだがすごい食欲である。
あっという間にキャベツを食べ尽くしてしまうので、わたしは毎日せっせとキャベツを補給し続けた。食欲もすごければフンもすごい。キャベツの食べカスやフンがビンの中で腐るので青虫とキャベツをのけて、こまめにビンの中も洗わないといけない。
青虫を手で触るなんて考えただけで怖かったが、しばらくすると平気になった。手で潰してしまわないようにそっとつかむと抵抗もせずなすがままだ。青虫はどんどん大きくなっていった。そしてある朝何匹かがビンのガラス面にひっついてサナギになっていた。
おおっ!サナギになってるやん!
賢い奴らだ。キャベツの葉にへばりつかずにちゃーんとビンにへばりついている。キャベツにくっついていたら、いずれ葉が枯れたり腐ったりしてえらい目に会うことがわかっていたのかな?青虫からサナギへの変態の経過はどういうわけか一度も目にすることはできなかった。
どの青虫たちもシャイなのかわたしが見ていないときに、夜中とかにいつのまにか変態を遂げているのだ。とうとう青虫はみんなサナギになってしまった。卵から無事サナギになった生存率は7割くらいだろうか。
はじめは青々していたサナギが日を追って黒っぽくなり、サナギをはじめて発見したのと同じように、ある日、唐突に、モンシロチョウは現れた。
野生で見るものよりも心なしか小ぶりである。
まだ縮れた羽を伸ばそうとじっとガラスにへばりついている。えさ、えさ、えさ〜!
こんどはキャベツではなくて、砂糖水と花だ。
3日ほどでほとんどのサナギが羽化した。蝶になってしまうと、青虫と違って飼うのは、なかなかに難しい。もうこの辺が限界かもしれない。
わたしは海苔のビンをもって、家の近くの野球場の花壇に出かけて行った。そして花壇のまんなかでビンのふたを開けた。
モンシロチョウたちは急にビンの中に入ってきた新しい空気にとまどっているようだ。しばらくみんなビンの中でジッとしていたが・・・
一匹が決意したようにビンの外に飛び出すと、残りの蝶たちもあとに続いた。そしてわたしの頭上を旋回してそれぞれ好きな方角に飛んで行ってしまった・・・
ほんとうにわたしの頭の上を何度かグルグル回ったのだ。
虫に親とか子とかの意識があるなんて話聞いたことがなかったけど、きっとあるのだろう。そのときはだだ哀しくて切なかった。
今ならちょっと理解できる。
巣立ちを見守る親の気持ちは、からっぽの海苔のビンを抱えたそのときのわたしの気持ちと同じなんだろう・・・きっと。