三つ子の魂

 
むかし飼っていた柴犬のバンは、わたしが友だちからもらってきた犬で、家にきたときはまだ生まれて1ヶ月くらいだった。

しばらくのあいだは母犬が恋しくて、夜になるとずっとクンクン鳴いていたが、大きくなるにつれてやんちゃな犬になってきた。

好奇心が強くて、怖いもの知らず。バンはわたしや弟のいい遊び相手だった。

ある日、弟がバンに向かって目の前でジャンプ傘をいきなり開いて見せた。
バンはよほど驚いたのだろう、普段はあまり鳴かない犬なのに、ワンワン吼えた。
弟は、何度もバンの前でジャンプ傘を開いたり閉じたりした。バンは吼えるだけでなく、唸って傘に噛みついた。

それから、である。バンが傘嫌いになったのは。

ただの嫌いなんてものではない。
それはあまりにも徹底していた。

傘が置いてあるだけで、ぐるーーっと遠巻きに迂回する。
開いて干してあるときにはいっそう大きく迂回する。

無類の散歩好きの犬なのだが、雨の日に人間が傘をさして散歩に行くと、自分は出かけない。
人間が雨ガッパを着て行くときだけ、喜んで外に飛び出す。

そして人間が傘に手をやるだけで鼻の頭にシワを寄せて怒る。
バンに向かって「かさ」と言うだけで逃げて行く。

ちなみに犬がどれくらい言葉を聴き取れるか実験してみた。

「あさ!」「かさ!」「ささ!」「たさ!」「はさ!」「まさ!」
たいがいは無反応、無関心だが、「かさ!」のときは過剰反応となった。

バンは柴犬のくせに家の上も下も自由にしていたので、人間の言葉をずいぶん聴き取っていたようだ。
そして傘嫌いはずっと死ぬまで変わらなかった。

犬も「三つ子の魂百まで」があるんだ・・・

 

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