珍しい貝

 
初めて海に行ったのは小学校1年の夏だった。

サラリーマンの父が勤める会社の保養所が淡路島にあり、家族4人で1泊2日の日程で出かけだのだ。

初めての海は珍しいものがいっぱいだ。わたしはうれしかった。うれしくて、うれしくていろいろなことをしたかった。

まず泳いだ。そして潜った。
砂浜で砂の城を作り、トンネルを掘り、海岸の木でうるさく鳴いているセミを捕り、岩場で蟹もつかまえた。

よくぞこの少ない日程でこれだけのことをやったものだ。昔から貧乏性だったんだね。

それでも飽き足らず、帰りの船を港で待つあいだも、わたしと弟と母の3人は港の近くの砂浜で貝拾いをした。
海はきれいでいろいろな貝殻が落ちていた。

この貝、なんやろ・・・

砂浜に二枚貝でも巻貝でもない変な形の貝が落ちている。五百円玉くらいの大きさで片面が平面で渦の模様があり、反対の面もやはり渦を巻いてボコッと盛り上がっている。こんな貝は見たことがない。

これ新種の貝ちゃうか〜?

わたしの言葉に母も「ほんま、こんな貝、見たことないわ〜」と言うので、私はすっかり大発見をした気になった。
冷静に考えれば、そんなやたらに人目につくところに新種の貝があるわけもないのだが、その貝のめずらしさと、旅行の興奮と、極めつけの母のセリフでそう思ってしまった。

まわりを見まわすと新種の貝は結構落ちていた。大きさも大小まちまちある。
わたしたち3人は夢中でその貝をビニール袋に拾い集めた。すごい、すごいと叫びながら・・・

出航時間になり、わたしたち家族を乗せた船は淡路島をあとにした。

淡路島は楽しかった、それに最後には珍しい貝も手に入れた。夏休みの宿題の貝の標本作りの目玉である。
船の窓から外を眺めていた父にわたしはその珍しい貝のことを話した。

ふーん、どんな貝や?見せてみぃ。

わたしがビニール袋の中の貝を見せると父は大笑いした。

それ、サザエのふたやぞー。

サザエのふた?何?それ・・・
サザエは図鑑でみたことがある。でもサザエにふたなんてついてたの?

無理もない、わたしはそれまでサザエなんて食べたことなかったのだから。海の家では定番メニューのサザエのつぼ焼きも、当時はその存在すら知らなかった。
港近くの海岸の海の家ではサザエのつぼ焼きが売られていた。船を待つあいだにそれを食べた人はふたと貝を海に捨てる。
それが浜に打ち上げられていたわけだ。

それをまるで清掃業者のように拾い集めていたとは・・・

それにしても今思うのだが、なぜ母はそれがサザエのふただと気付かなかったのだろう。
わたしたちと同じように嬉々としてふたを拾い集めていたのだから・・・
まさかそれまでサザエを食べたことがないわけではあるまい。

母もまたあの旅行で浮かれていたのだろうか。

 

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