高名の木登り

 
わたしの実家はたいそう田舎にあるので、家のまわりの庭とか藪にはいろいろな木や植物がたくさんあって、夏になるとそれらが激しく生い茂り、鬱蒼としてくる。

中には剪定の必要な木もあって、それらを植木屋さんに頼むとなると、支払う金額もバカにならないものがある。

と言うか、父はそんなことにお金を払うのが嫌いで(年金暮らしでは、そんな余分なお金がない、というのが本当のところ)、自分でやれるものは、ちょっとくらい見栄えが悪かろうがやってしまえという性質なのである。

世の中の爺さんたちはみんな孫の相手をして一日を過ごしているというのに、70歳を過ぎても父は、古くなった家の修理から何から、なんでもそれなりに適当にこなしていたから、植木の剪定にしても同じことだった。

ただ今回ばかりは高い木に上っての作業で、落ちでもすれば命にもかかわることなので、母は便利屋さんに頼むように言った。(植木屋に頼まずに、便利屋に頼み節約しようというところがやっぱり、と思う。)

「落ちて骨折でもしたら、もう年やし、寝たきりになる!!」(わー、切実!!)

と言うのが母の意見だった。父は母の忠告を聞かず、

「わしが落ちたら、死ねへんと思うけど、救急車呼んでもらわなあかんから、見といてくれ。」

と母に言った。

母は、「お父さんってねー、誰かに自分のすごさを見てもらいたいと思ってるねん。近所の人が見て、○○さん(父の名)あんなことやってすごいなーとか言ってもらいたいねん。いい年して、バカにされて言ってはるのがわからんのよ。アホや〜。もうほっとこ。落ちたらええわ。こんな暑いのに。」

と言って家から出なかった。

まあ自分が家にいないのなら仕方ないけど、たまたま帰省していたから、とりあえず救急車呼ぶために見守っておこうと、わたしは日焼け止めを塗って藪に行った。

どうするのかと思っていたら、父は重い梯子(後で聞いたら、この木製の梯子も父が自分で作ったらしい。)を藪の木に立てかけ(もちろんわたしに手伝わせた)、納屋から安全ロープを持ってきた。

「高いところに上るさかい、命綱要るやろ〜。」

(やはり死にたくないんだな。)

そう言いながらロープの端を自分の腰にぐるぐる巻きつけた。そして・・・。

ここで考えてみて欲しい。
命綱って、自分が木から足を滑らせたときに、地面にいきなり落ちてしまわないようにするためのものである。
だから、綱のもう一方は自分よりも上で固定されていなければ役に立たない。
それなのに父は綱の一方を地面に立っているわたしに手渡し、

「持っといてくれ。」

と言って、梯子を上り始めた。

こ、これは・・・。

マジ??

「お父さん、この命綱、何の意味もないんですけど!!むしろ綱が上るのに邪魔な存在になってますけど〜。」

「ええんや、ええんや〜。」

と言いながら父は梯子のてっぺんまで上り、そこで別のロープで梯子を木の幹にくくりつけた。

わからんな・・・。

(つづく)

 

吟遊詩人夜話に戻る