高校時代の物理の授業でのこと。その日の授業は、エボナイト棒やガラス棒を毛皮で擦って静電気をおこす実験だった。
各班に分かれて実験をする。先生がそれぞれの班にエボナイト棒・ガラス棒・茶色の毛皮の切れっ端を配った。
毛皮は文字どおり「毛の生えた皮」である。
そのときなにげに生徒のひとりが質問した。「先生〜、この毛皮は何の毛皮ですか?」
「犬です。」
なんだってぇ〜!?犬!?
当時わたしの家では、配られた毛皮と同じ毛色の柴犬を飼っていた。思わずその犬が皮を剥がされるさまを想像してしまった。
ゲゲッ!なんだってわざわざ犬の皮なんて使うんだ?誰が犬の皮なんか剥ぐんだ?・・・その犬は食用犬か?
そういえばチャウチャウ犬っていう中国原産の犬は食用らしい。
それに日本でも戦時中には赤犬といってうちの犬のような毛色の犬を食べらていたらしい・・・
この毛皮の犬も食べられたのだろうか?まさか先生たちに?物理の実験に使う毛皮がいるからというわけで犬を捕まえて皮を剥ぎ、肉を食べたのかも。わたしは実験そっちのけで配られた毛皮を熱心に調べた。どうやら「犬」というのは本当らしい。
毛皮の犬についてあれこれと想像をめぐらし、その犬の運命について考えた。エボナイト棒とガラス棒、毛皮の静電気の実験はわたしの世界の外だった。その実験結果がどんなものだったのかは全く思い出せない。
もちろんその学期の物理の成績は欠点だ。
その犬がどうして皮を剥がれる運命になったのか、先生はどうやってその皮を手に入れたのか、どうしても聞けなかったけど聞いておけばよかった。
そうすれば今もなお、あの毛皮について思い悩むこともないのに。