大学生のとき、好きな時間に家でできるアルバイトを探していると、運よく学生課の掲示板に添削のバイト募集が貼り出してあった。さっそく友だちとふたりで、バイトを募集している学習教材の会社に出かけてみた。
話を聞けば、添削のバイトというのは何も考えなくていいのである。ただひたすら書き写すだけだ。
例えば設問があり、その回答が正解の人にはこれを書く、間違っている人にはそれを書く、というふうに、もう書くことは決っていて正誤によって書き分けるだけの作業である。高校生のとき、わたしも似たような学習教材をとっていて、1回も提出せずにどんどん送られてくる教材をバベルの塔のように積み上げていただけだったが、話を聞いて自分がやっていたことを正当化できた。
あー、よかった。あんなもの、添削が返送されてきてそれをありがたがって読んでいたら馬鹿みたいだったね。こういうふうに学生のアルバイトがただ書き写していただけなんだから・・・
しかしアルバイトとしてするにはラクといえばラクである。
1枚80円で、慣れた人なら1時間10枚くらいできるという。
それなら慣れていなくても6枚くらいはできるかな?時給にするとちょっと安い気もするが、何といっても好きな時間にできるのがいい。ただし締切があってそれまでにやらなければいけない。わたしも友だちも取り敢えずやってみることにした。
初回目は30枚くらい持って帰った。机に向かい時計を置いて1枚できあがるのに何分かかるか計りながら始めた。
思ったより時間がかかるし、手もだるい。
それでも一生懸命、わき目も振らずになんとか1枚仕上げた。時計を見ると・・・
なんと40分もかかっている!
あんなに一生懸命やったというのに!!
時給120円!わたしは全身の力が抜けてしまった・・・
どれほどこの作業に慣れたところで、時給200円が限度だろう。
こんなバカバカしいことはやってられない。
辞めよう!しかしバイトを辞めるにしても問題は山積みだ。
辞める理由が思いつかない。まさか1枚に40分かかるのがばかばかしいからとは言えない。
学校の学生課からは、これからのこともあるので無責任な辞め方をしないようにとクギを刺されている。
しかもまだたった1枚しかやっていないのだ。残りの29枚は??30枚全部をやって今回の責任は一応果たしてから辞めよう・・・そう決意して2枚目にとりかかった。
・・・・・
2枚目は1枚目の疲労のせいだろうか、1時間かかってしまった。
この調子では、1日6時間、6枚づつこなしていっても、全部やり終わるまでに5日かかる計算だ。そしてバイト料が2,400円とは・・・トホホあかん、絶対にこれ以上はできない!
わたしは必死になってアルバイトを辞めるための言い訳を考えた。そうだっ☆!
なんと素晴らしい考えだ!わたしはニンマリした。まずは友だちに電話してバイトを辞めることを言っておこう。
次の日。
わたしは添削済み2枚と未添削28枚の用紙を持ってバイト先に行った。
右手の人差し指にはサロンパスをしてグルグルに包帯が巻いてある。これから始まる芝居の小道具は完璧だ。
担当者を前にわたしは切り出した。
「あのう、これ昨夜2枚やったんですけど、今日の学校の体育の授業でバスケットやっていて、指を突き指してしまいましたぁ。で、治るまで指が使えないので取り敢えず残りの分28枚持ってきました。すみません〜
治るまでだいぶかかるらしいので一応バイト辞めます、治ったらまた改めてきますので・・・」担当者はわたしの顔を見、包帯でグルグル巻きの指を眺め、またわたしを見た。
きっと仮病は見破られていただろう、だけど仮病だとは言えまい。
不慮の事故ってやつなんだからね、で、迷惑が最低限に抑えられるようにできるだけ早く残りを持ってきたってことなんだから。わたしは悪魔だ。
こうしてまんまとバイトを辞めることに成功した。
もらった給料は2枚で160円だった。これじゃ電車賃にもならないが、わたしはほっとした。友だちはというとやはりバカバカしくなって早く辞めたかったらしい。
しかし仮病作戦はわたしが先に使ってしまったので、もう同じ手は使えない。
仕方ないので初回分は泣く泣くすべてやって、それから辞めたとのことだ。悪知恵の長けていることが悲しいようで、それでいてそのときは妙にうれしかった。