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リニューアール

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トワイライト乗車記
日程3月21日〜3日間

これは、私がホームページを作ろうとしたきっかけを作った、思い出深い旅行で、文章を読むと、あのころは文章書きが不慣れだったんだなぁとつくずく思います。

今回、130000ヒット記念で、トワイライト乗車記を全面的にリニューアール、公開することにしました。

家でいつも通り暮らしていると、思いもよらぬ幸運が目の前に現れた。前々から冗談半分に狙っていた1号車1番スイートが押さえられたのだ。

本予定より1日前の分だが、この幸運を逃すわけにはいかない。何はともわれ、3月21日出発で準備を進めることになった。

・旅行開始

朝9時頃、まだ早いのではないか、と思いながらも大阪駅に向かう。そう、全区間乗車をすることになったのだった。普通の新快速だが、この時の興奮と緊張は忘れられない。2年ほど経った今でも健在である。

11時にもなっていないが、大阪に着いた。12時発ということで、昼飯はここで食べることにした。10番線の真下にある喫茶10番でラーメンを食べる。

食べ終わると、いよいよホームに上がる。まわりのホームは喧噪の中、ここトワイライトのホームだけは別格といった印象だ。聞き慣れた入線放送が、旅のはじまりの祝福に聞こえたのは、やはり楽しみのせいだろう。

ドアが開き、ダイナープレイヤデスへの荷物積み込みがはじまる。深緑の車体は、いつも見ているが、ここまでまじまじと見つめるのは初めてだ。

トワイライト

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11時40分頃、車内に入り通路を抜ける。いつもなら貫通扉、デッキが広がるが、ドアを開ければ、ベッドとテレビに落ち着いた内装が広がる。特にテレビはどでかい液晶型だ。本日はここが私達家族の家である。時々「見せて」と言われて、自信満々自慢気に「どうぞ」。

3連窓だが、車の黒い窓と同じく、外からは見えないので安心だ。さすがに外の騒音はあまり届かないので、いきなり動き出したときはビックリした。緊張を感じる余裕もなかったわけだ。暫くソファーに座って社長気分していると、「いい日旅立ち」と車内放送が流れた。

新大阪を出ると、緑色のトワイライト専用の制服を着た車掌が部屋の説明と、カードキーを渡してくれた。設備が多いので、全部を使うのは大変だ。それにしても、1号車1番で、車掌や車内販売も1番にまわってくる、この部屋というのは、まるでVIPルームのようだ。今後、こんな経験は1,2度あるかないかであろう。

そうこう言っていると、列車は京都に近づき、ここでドアノック。なんと、ダイナープレイヤデスからのウエルカムドリンクだ。おつまみにオレンジジュース、家族には「特製」ワインだ。琵琶湖が見える頃には完食。

本日は琵琶湖がきれいに見えるので、車内探訪も兼ねてサロンデュノールに足を運んでみた。琵琶湖がきれいだが、まだ出発して暫くなので、あまり人はいなかった。開放的な空間で、ソファーが並ぶ車内は実に良い。特急列車などにもこういった空間が欲しいところだ。

そして、有名撮影地の新疋田を抜け、敦賀に停車。20分停車で、同型同色のEF81に付け替える。何故付け替えるのかよく分からないが、この20分停車で人々は列車を撮影する。機関車の付け替えも完了、再び北へと向かいはじめた。だいたい後は夕食時まで特に何もないので、流れ去る景色を眺めて昼寝や読書、テレビを楽しむ。テレビは、映画が放送されており、この時は釣りバカ日誌、THEタイムマシーンともう一つを常時放送していた。スイートやA個室では、この他ラジオで音楽を放送している。さて、小松、金沢を過ぎ、立山連峰を右に見る位置まで来た。富山で地鉄と挨拶し、ここから先はまだ来たことがない未知の線路である。

また暫く行くと親不知だ。ちなみに、トワイライトでは停車駅や名所ごとに、その街々の説明を放送してくれる。例えば、糸魚川通過時ならフォッサマグナの説明が入るといった具合。予備知識として聞くのも良い。私などは、後々日本地理のテストに役立った。

何時間か経った。そろそろ日も傾きはじめて、ダイナープレイヤデスから放送が入った。ダイナープレイヤデスとは格好いい名称を考えたものだ。単なる食堂車では不味くて高いイメージしかないので、それをすっかり一掃出来ている。そういえば、この時間なら夕日を見ながら食事が出来るのか、と少し後悔した。

さてさて、日も暮れ、だんだん星が顔を出し、夜が姿を現してきた。もうすぐ長岡だ。どうやら長岡まで新幹線で来ると、首都圏からトワイライトに乗車出来るようだ。そして、予約さえすれば夕食も頂ける。

少しすると車内放送で、第二弾の案内放送が流れる。服装を整え、ダイナープレイヤデスに足を運び、案内通り座席に腰を下ろすとまず驚いた。本当に、名称だけでなく内装まで高級フレンチレストランなのだ。これが列車内にあるのだ恐ろしいぐらい素晴らしい。ここではテーブルマナー抜きでは食事も出来ない。私もこんな上品な「お食事」ははじめてなので、事前にテーブルマナーを予習しておいた。

すぐに前菜が出てきた。あまりの美味しさに、ついついいつもの食べ方になるが、落ち着いて落ち着いて・・・。そしてワインが出される。フレンチレストラン風の、あの格好いいワインの注ぎ方を、あの揺れる客車で行うのには驚いた。非常ブレーキでもかけられたら、食事中の乗客が運転室に殴り込みをかけるのではないか、というぐらい高級、美味。あくまでも例えなので気にしないで頂こう。

デザートの最後まで完食。紅茶で口直しの後、食堂車の方と暫く談笑した。

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食事が終われば、取り敢えずくつろいだ後、シャワーを浴びて、寝る準備だ。少し早いが、青函トンネル説明というイベントが朝3時頃あるので、少し早く寝るのだ。

ジョイント音があるのに、ホテルのベッドで寝ている感覚は、何というか地震というかそんな妙な感覚だった。

そして2時頃になると、青森に到着した。3月ではあるが、雪の匂いがするし、暖房を切っているので寒い。暖房と電氣のスイッチを入れ、明るくすると、反対側からED79が近づいてくるのが見えた。こちら側に連結されて青函トンネルを越えるのだ。目の前でピッと汽笛がなり、ガチャーンと連結した。そしてすぐ、発車。津軽海峡までもうすぐである。サロンカーに行ってみると、既に人が大勢入っていた。

トンネルまであと少しということで、青森から乗務のJRの車掌さんが出てきた。拍手と共に説明開始だ。函館出身の車掌さん、実に話し上手だ。今年北海道に行って小樽水族館のショーで巧みな話術を聞かせて頂いたが、どうも北海道の方は面白い話をするのが得意なようだ。あくまでも私の想像だが。

トンネルも抜けると言うことでお開き、本当にぐっすり寝た。

・次の日

翌朝は、朝一の車内放送で目を覚ましたが、どうも気分が良くない。列車ということを忘れて昨日歩きまわったので、酔ってしまったようだ。船酔い、車酔い、飛行機酔いなら経験済みだが、それに列車酔いが加わった。少し悔しいが仕方ない。そして7時30分、昨日車中で予約した朝飯を食べに行くが、正直食欲皆無で、お情け程度にしか食べられなかった。後々思い出すと、美味しかったなぁもう少し食べとけばなぁとか思ったが後の祭りだ。

もう一度乗車する口実とでもしておこう。

すれ違う列車が単行のキハ40から、電化の711系に変わった。もうすぐ札幌である。雪が残る大地を走り、だんだん都心に近づいてきた。高架を駆け上がり781系と挨拶を交わす。「いい日旅立ちの」2番が奏でられ、セレナーデと共にご乗車ありがとうございました。という放送が入る。

荷物をまとめ、ホームに降り立つ。21時間の乗車はやはり長かったが、トワイライトはこれより短いと面白くないだろう。余談ながら、全盛期の富士だったかは、このトワイライトの走行時間+5時間という26時間も走行した列車があったという。B寝台ではさすがにきつそうだと感じた。

・青森へ

ここから、1時間後のスーパー北斗に乗り、一路函館へ向かう。今回、トワイライト自体が観光ということで合意していたため、ここから先は何もせず、列車で帰路を楽しむ、というわけだ。今思うと、飛行機でもよかったので、観光をしておけばよかった。しかし図らずも、その希望は1年半後に実現する。

スーパー北斗が入線してきた。どうでもいいが、私はスーパー北斗のことをよくすーぱーはくとと言い間違え、時々笑われる。

貫通型でまとめられたデザイン、これが気動車とは・・・。あらためて非電化大国北海道のセンスを感じる。比べるのもなんだが、JR西日本は非電化区間ほったらかしという印象がこびりついた。

列車は快調に進み、3時間余りで函館だ。ここから1時間後のスーパー白鳥で青森に向かう。昔の白鳥には乗ったことがなかったが、遂に「白鳥」に乗れたということになる。

函館駅の近くでラーメンを食べ、再び駅から白鳥に乗車。京都に来ていた時のイメージは全くなく、北海道と東日本のコンセプトが合体したような車両に驚いた。きれいな緑に輝く銀色、白銀の大地を走るのにはもってこいだ。

青函トンネルに突入。時速140キロで疾走する。ツアーの為に吉岡、竜飛海底に停車。あっという間に通り抜けた。

1日に2回も青函トンネルを抜けるなんて、ハッキリ言って無駄だ。今後はやりたくない。

そして青森に到着。もう日が暮れかけており、闇に浮かぶ青函連絡船が印象的な青森だった。

・帰路

青森から、またもや移動だ。朝一リンゴジュースを買い、つがるで八戸へ向かう。つがるの車両は、もともとスーパーはつかりの車両だったという。そういえば、今回の旅行で、ダイヤ改正後登場した列車に多々乗車できた。何も考えずに作ったプランだが、ままこんなところにも行き甲斐があったということだ。

八戸で1時間の待ち時間。またもやラーメンを昼食に。そして、観光物産館のような所に足を運び、いよいよはやての発車だ。八戸から盛岡までの新線を、ノンストップで走行する。トンネルが多く、あまり見所という見所はないが、新しい線路はこころなしか乗り心地がよかった。

盛岡からの既成区間はすぐ後方へ飛び去り、東京都に入り、埼京線と併走する位置から地下に潜る。新幹線なのに地下とは、東海道山陽新幹線使用者にしてみればギャップがある。なんと言っても、ここで何も知らずに市営地下鉄が走ってきそうな印象がある。それが盛岡とか仙台とかの行き先、興味深い駅である。

そして東京からは500系のぞみで京都に向かう。

さて、最後はこの日記の公開時からずっと残してきた文章で締めようと思う。2回のリニューアールでも消していなかったので、文字の大きさもそのままにしたい。

こんな旅行ならずっといっていたい思ったものです。

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